夢の欠片ーパニック障害な私ー

パニック障害と不安障害を抱え、 なんとか生きている私の日常。

2017-10

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妹が、生まれたのは、私が11歳の時だった。

無から有が生じるが如く、彼女は、突然、現れた。

いまでも、忘れはしない。

その小さな生き物と、初めて対面した時のことを・・・

なんとも表現し難い感情が、沸き起こってきた。

命の不思議・・・とでもいうものだったろうか?

正に、未知との遭遇だった。

私は、完全に戸惑っていた。

この妹という存在を、どう受け止めればよいものか・・・

全く、思いもつかなかったのだ。

私は、微妙な年頃であった。

大人でも、子供でもない。

狭間とも言うべき不安定な時期に、さしかかっていた。

内的にも、外的にも、自我を模索することに手一杯だった。

可愛いとか、愛しいとか、感じる余裕すらなかったと言える。

それ以上に、私を驚かせたものは、父親の豹変である。

後年、私に面と向かって言った言葉通り、

「年を取ってから生まれた子は、可愛い。」

・・・のであるらしかった。

その溺愛ぶりは、私を愕然とさせるに、十分すぎた。

私の父親と同一人物だとは、とても信じ難いものになっていた。

それまで、一人っ子だった私には、

可愛がるということが、どうすることなのかすら解らない。

それでも、忙しく働く母に代わって、

父、祖母と共に、妹の世話をすることになる。

長期の休みには、昼間は、妹のお守りを言いつけられた。

友達は、皆、一様に、「可愛い、可愛い」と、

順番に、抱いたり、あやしたりしてくれていたが、

私には、そんな感情は、全く湧いてこなかった。

逆に、次第に、疎ましく思うようになっていった。

ある日、そんな私に、父は業を煮やし、怒声を浴びせた。

「もっと、喜ぶかと思っていたのに、

なんで、可愛がってやれないんだ!」・・・と。

「妹を抱いて、外に出ていろ。」

家には、母も祖母もいたのに、

誰も、私を庇おうとはしなかった。

私は、夜の道を、妹を抱いて、歩いた。

国道まで出て、車の往来を眺めながら、立ち尽くしていた。

涙が、込み上げ、溢れ、止まらない。

父は、私よりも、妹の方が可愛いのだと、

いやという程、思い知らされた。

私という存在は、家族にとって、何なのか?

その日から、40年を経た今でも、

答えは、見つからないままである。







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コメント

1 ■同じような・・・

私は男3人兄弟の次男です。父は兄を本家の長男として特別扱い。弟は末っ子で「可愛い可愛い」で育てられました。
ある時一緒に遊んでた弟が転んで鼻血を出したとき父親は「なんで転ばせるんだ」と言い竹竿で何度も何度も私を叩きました。背中一面のネズミ腫れ、血もにじんできました。
そんな事が何回もあり当然のように父親を憎みました。57歳で他界した時も涙も出ないどころか心のどこかでほっとする自分がいました。
死んでもまだ父親を許していません。墓参りに行くたび「あんたにされたこと、忘れない」と手を合わせます。悲しい事ですが現実なのです。
画伯のブログなのに長々とすみません。

2 ■姉妹

兄弟であれ姉妹であれ、長男や長女にとって、後で生れてきた血縁は、母親や父親を独占する存在としてしか写らない。私の娘も、元妻の希望とは正反対に、息子を苛めた。仲良く遊ぶなんてことは全くなかった。でも、二人は、女と男としてではなく、単なる血縁で結ばれた同居人として、交流していた。成人し、独立し、彼らが、どのような関係にあるか、私は知らないし、知りたいとは思わない。ただ、少なくとも、彼らには、血縁で繋がる同世代が居る、ということだろう。何故なら、彼らは、思春期の過ごし方によって世界観を異にし、同じ世界観を共有しない限り交通することはないだろうからである。

3 ■さのきっちゃん;;;

うるうる;;;
そうだったの?
親って、勝手だよね。
でも、確実に反面教師には、なってくれましたね。
あんな大人には、絶対ならないって、
幼い頃から思い続けてきましたから・・・

4 ■ヒョンちゃんへ

私と妹は、別々の家庭で、
育てられたも、同然です。
どうしても、越えられない壁があります。

5 ■続き

私は、私の兄弟とは全く交通がない。それは、私以外の兄弟と、根本的に世界観が異なるからである。彼らは、私の両親と同じく生きることにのみ、汲々とし、世間並であることを唯一の尺度として、家族を作り、家を建て、盆暮れには、里帰りし、両親が継承してきた風習にしたがい、法事とやらを行うのである。私は、祖先に対してお辞儀をするなんてなことは御免被る。別に有り難いとは思わない。両親の都合でこの世に生れ、幸いなことに、また、不幸なことに、優れた頭脳を授けられ、幼い頃から、神経を犯され、苦悩の末に、やっと、自分のやりたいことを見つけたのだが、それは、世間一般の人々のそれとは、根本的に異なり、絶対に価値を生み出さない純粋な好奇心を満たす科学者としての営為であった。

6 ■ヒョンちゃんへ

そうなんだ~
んーーーーーむ・・・
でも、お墓参りは、したほうがいいよ。(´0ノ`*)

7 ■続き

息子が生れた時は、娘のおむつが取れた時期だったから、彼の子育ては極めて容易だった。彼は、3歳まで言葉を発しなかった。全てを理解しながらも、用心深く、自ら発することはしなかった。言葉を発するようになってからは、たどたどしい言葉で面白い表現をするので、娘が、ついつい笑った。私は娘をいつも牽制していた。娘の頭脳は明晰で、彼女から観れば息子は、馬鹿に思えたのだ。

8 ■続き

私は、活発に動き回る彼を心配しながらも、根気よく付き合い、娘が、いとも簡単に乗り越えた自転車乗りを、息子が苦心して、乗り越える過程で、ある科学的予測を立て、自立と依存との矛盾の中で、自立の契機が必ず勝利すると考え、息子が、ある日、自分の足の長さが、長くなり、自転車の座席に座っても足が付くことに気づき、その時点で、自分で左右の補助輪を外した形で前に進もうとするまで待った。息子は意外にも自転車が動くので楽しくて、でも、遠くを見ると、レトロな市バスが走っているのに目を取られて、近くの障害物に激突して転倒したりして、家族で大笑いしたものだ。息子はそれ以来自転車が大好きな人間になって、生涯の仕事にしたいと思うようになった(笑)。

9 ■兄弟

さっき書いた続き。
私たち男3兄弟は世間から見ても不思議なくらい仲がいい。毎年3家族でキャンプや旅行をしています。みんな別々の仕事や生活環境なのに一緒に遊ぶ計画を立てると無理しても合わせます。
同じ親から生まれたのも何かの縁。それぞれの嫁が「変な兄弟」と言う程仲が良いのです。
たぶん其々を自慢できる兄弟だと思っているからです。不幸にも財産争いや価値観の違いなどで仲違いしている御兄弟もいるみたいですが、本当に不幸なことです。利害関係を超えた所の結びつきこそ兄弟だと信じています。それを理想論で片付ける方、寂しい限りです。
画伯、もっと妹さんと出かけてみたり本音で話してみれば絆を感じると思いますよ。

10 ■母親は

父親のことが少し出てきて分かりました。でも、お母さんは、何故、妹さんを産む決断をしたのでしょうか?お父さんと同じように、一人っ子では可哀相だと思ったのでしょうか?

私の元妻は、一人っ子で、しかも、父親の浮気が原因で離婚せざるをえず、母親には養育する力がなく、親戚に里子に出され、母親が、再婚した段階で呼び戻されて、しかし、母親からも義父からも愛されず、一人で寂しい幼年期を過ごしたから、娘を一人っ子にしたくなかったのです。

11 ■続き

私は、子供を産むことを、自分の病気の治療の手段と位置づけていましたから、息子を産む必要性はなかったのです。だから、息子が生れたからと言って嬉しかったわけでもなく、また、娘が生れたから嬉しかったというわけでは決してないのです(笑)。

ただ、生まれてきてくれて有り難う、の一念で、懸命に育てました。私の子育ては、完全に甘やかしの子育てで、子供本位であり、娘が生まれた最初の段階では、自分の時間を奪われることに抵抗を覚えましたが、次第に諦めました(笑)。だから、自分の人生を子育てに捧げたんですね。ただ、息子が生まれた時点で、私の病気が治り、大学院への道も開かれたのだから、それからが、大変でしたが、苦労はしたものの、私自身は楽しくて、私が楽しくまた、子育てにも手抜きはしなかったですから、子供達は、いつもニコニコしてました。

12 ■父の死

父親は、胃癌で死んだ。母親から胃癌だとしらされていて、父親には言うなと言われていたが、父親から電話があり、なんで、自分が苦しんでいるのに、見舞いにも来ないのか、って怒るので、胃癌だって宣言してやった。

私の父は、戦中朝鮮南部から日本に活路を求めてやってきた農家の末っ子であり、無学であるから、理性的に物事を考えることは出来ない。兄弟は仲良く、というのが彼の理想だったから、下の弟と喧嘩する私に体罰を与えた。私は、兄弟が喧嘩するのは当然だと思っていたから、体罰を平然と受けた。

13 ■続き

その後もいろいろあったが、私は、長じて、父親の葬式には出ないだろうと予測していたが、その通りになった。涙も出なかったし、安堵もしなかったし、葬式に出なければとも思わなかった。葬式は、遺族のためにあるのであって、本人のためにあるのではない。本人は死んでいるのであって、立派な葬式をしてもらっているか否か知りようがない(笑)。天国も地獄も三途の川も存在しない。葬式も墓も、私には無用の長物でしかない。死ねば無に帰るだけであり、さんざん迷惑をかけてきたこの地球にこれ以上迷惑をかけるのは忍びないから、遺骨が邪魔なら海に散骨してもらいたいと思っている。遺体も使えるなら使ってもらいたいと思っているから臓器移植カードに登録した。

14 ■長々と

長々と書いているが、面白い(笑)。

私は、先日、札幌に来て初めて知り合いを作った。その方は、東京教育大学を出て体育の教員として活躍した方で定年後の生活を貪欲に楽しんでおられる。問題は、彼が、日本共産党員であることだ。話しが合うのだ(笑)。彼も、教員時代に、あのねノートを使って生徒と繋がりを持った。私もそうだった。彼は、今、スポーツ連盟という組織で活動しているが、この組織は、単なる趣味の団体ではなく、スポーツを権利として位置づけ、政府交渉をやったりする(笑)。だから、政府は、この組織をスポーツ団体とは認めないとか言っている(笑)。この組織は以前は新日本体育連盟という名称だったが、体育という名称に疑問が起こり、改称することになった。私も、この組織にはお世話になった。無償でスキーを教えてくれたのだ。

15 ■私の子育て

私は子供と遊んだことはない。息子が退屈してキャッチボールをしてくれと言うから仕方なく付き合ったことはあるが、すぐに嫌になって、部屋に戻ったくらいだ。だから、子供と一緒に遊んで楽しいと思ったことはなく、子供を遊ばせることに力を入れた。そのためには、遊べる環境まで連れて行かねばならない。登山は、只で遊べるから、よく連れて行き、彼らは登山はもう嫌だと言った(笑)。彼らには登山より、遊園地にあるお金を使った遊びがしたかったが、お金のない私には、それは不可能だった。それに、そういう遊びには納得行かなかった。でも、日曜日をどう楽しく過ごすかは大問題で、お金のない私は、彼らを連れて、自転車で、大丸や高島屋まで出かけたものだ。

16 ■続き

百貨店で何して遊ぶかって?オモチャ売り場でオモチャを見るだけなのだ(笑)。そして、売り場の片隅にあるベンチでお八つを食べて帰ってくるのだ。息子はラーメンが好きで、高島屋の屋上でラーメンを食べさせた。山口に引っ越してからも、同じように、大きなスーパーに出かけては、マクドナルドで、フライドボテトやフライドチキンを食べさせたりした。アイスも好きな銘柄が決まっていて、いつも食べたがった。子供がアイスを食べている表情は満ち足りていて面白い(笑)。そして、家に帰ってからはずっとアニメを見るのだ(笑)。クレヨンしんちゃんは評判が良くないし、嫌だったけど、子供はよく観ていた。

17 ■続き

だけど、やはり、良いアニメは、違う。宮崎駿監督が最初に手がけた「カリオストロの城」は息子に受けた。ケラケラ笑って楽しそうだった。私が子供たちの観るアニメに介入しようとしたことがあったが、失敗してからは、放置することにした。でも、本当は、良いアニメだけを録画しておいて見せるのが正しいと思う。ただ、当時は、録画のための機械を買えなかった。ただ、そのような選別によって、友達関係で困るという側面もあり、なかなか難しい。同じ地域でずっと成長するのであれば、自分の家と他の家との違いを納得出来るであろうから、問題は起こらないように思うが、引っ越しを繰り返し、新しい友達を作る必要が生じる場合には、話題に入るための情報が必要だろうと思う。

18 ■続き

また、日本人は、抜きんでた人間を嫉妬する悪い習慣がある。娘が、京都の保育園に通いだし、竹馬に取り組んだところ、彼女は、大津の保育園で、すでにそれをマスターしているから、いとも簡単にやってのけたのだが、拍手喝采などは起こらなく、反対に、仲間外しが起こった。この保育園は日本で二番目に民主的な保育園であり、その時保育士がどう対処したかも問題であるが、日本人には根深く、みんな一緒に、あるいは、出る杭は打たれる、という風土があることは、悲しいことである。ただ、フジ子が経験したように、外国でも同じであり、才能に恵まれた人材は苦労するものだ。

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プロフィール

昌子

Author:昌子
パニック障害と不安障害になって、
10年が過ぎました。
大量の薬、副作用、家庭環境、
精神的虐待、自虐的心理状態・・・
などと闘ってきました。


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