夢の欠片ーパニック障害な私ー

パニック障害と不安障害を抱え、 なんとか生きている私の日常。

2017-10

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伯母の戦争体験



私の伯母(父の姉)は、88歳の今も健在である。

兄弟姉妹は、次々に亡くなり、

友人も少なくなってしまった。

伯母は、終戦の時、満洲にいた。

身内に、女の子を肺病で亡くし、

他に子どもがいないということで、

伯母が養女に入ったのだが、

その家は、当時、満洲で暮らしていた。

伯母は、まだ満洲が、日本だった頃、

実母に連れられ、汽車、船、汽車と乗り継いで、

養家に辿り着いたのだった。

養家では養父母と養祖母と4人で暮らしていた。

その間に、戦況は、刻々と変化していった。

玉音放送の流される前に、すでに、

ソ連軍は南下し攻撃の準備を進めていた。

終戦の瞬間に、何もかもが、一変してしまった。

伯母の養父は、満人にも、優しく接していたので、

難を逃れたが、満人を酷使していた人などは、

私刑を受ける恐れがあった。

日本人は、住処から、追い出され、

収容所に集められた。

老若男女が多数、押し込められた収容所の、

伯母のいた隣りの部屋で、

若い女性が、陣痛を起こした。

囲いもない場所で、お産が始まったのだ。

伯母は、当時、20歳。

居合わせた女たちが手助けをして、

無事に、新しい命が、誕生した。

しかし、お産の光景というものは、

なかなか、正視に耐えられるものではない。

最近では、お産に立ち会う若いパパがいるが、

その場で、倒れてしまう人もいるという。

もし、男が、お産を経験したなら、

その痛み、苦しみには、耐えられないと聞く。

まさに、今産まんとする妊婦にとっては、

とにかく、赤ん坊を体の外に出すことに懸命で、

お産の光景がどんなものかなど、まるで、わからない。

だが、経産婦以外の者にとっては、

壮絶なものと映るに違いない。

それを見てしまった、まだ未婚だった伯母は、

あまりの衝撃に、子どもを産む勇気が失せてしまった。

終戦の瞬間、すでに、関東軍は、いち早く、

民間人を置き去りにして、本国へ引き揚げていた。

日本軍のいない満洲は、ソ連のやりたい放題、

陵辱されていく。

「この娘に何かあったら、自分は生きては帰れない。」

そう言って、

養父は、伯母の髪を、剃り落とし、男の服を着せた。

多くの女性が、男に変装して、逃げたのだった。

養祖母は、体が不自由で、歩けない。

私を、ここへ置いていってくれと言う祖母を、

背中に負うて、伯母の一家は、逃げた。

南へ、南へ、と。

飲まず食わずで、野宿を続け、

ソ連兵から、身を護るために、這いずるようにして、

歩き、漁船に乗せてもらい、また、歩き・・・

38度線を越えた時、やっと安堵した。

そこから、港まで、また歩き、

ようやくのことで、引揚船に乗った。

老人を抱え、よく無事に帰国できたと、

伯母は、今でも、繰り返し、私に話す。

ソ連軍に、拉致された人も多い。

男は、皆、シベリアへ送られたのだろうか?

女は・・・?

想像するだに、背筋が寒くなる。

引き揚げの体験は、伯母の人生を、

大きく変えてしまった。

今で言うPTSDであろうか、

いつも、不安感に悩まされていると言う。

胸が苦しくなったり、胃が痛くなったりするらしい。

伯母の話は、いつも、私を、命の原点に、

引き戻してくれる。

今、こうして何の苦労もない生活をしている、

この私は、先人の犠牲を忘れてはいけないと、

例え、どんなに、貧しい生活であろうとも、

屋根があり、布団があり、明日の食事の心配がない、

それだけで、充分、有難いと、思い直す。

私たちは、みんな、幸せな時代を生きている。

この幸せを護るために、生きることが、

私たちの使命であり、戦没者の方々への、

供養に他ならないと、思いを新たにする今日この頃である。



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Author:昌子
パニック障害と不安障害になって、
10年が過ぎました。
大量の薬、副作用、家庭環境、
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