夢の欠片ーパニック障害な私ー

パニック障害と不安障害を抱え、 なんとか生きている私の日常。

2010-12

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心と体のギャップ


過去の忌まわしい記憶が、


かなり遠ざかってきた。


それでも、潜在意識の中に、


トラウマは刻み込まれていて、


折に触れ、体に現れる。


今日も、車で街中へ出かけたら、


雨だったのが、一時、みぞれに変わり、


更に、牡丹雪へと変貌した。


これは、帰れないかも・・・?


と、思った瞬間に、それは来た。


動悸、息切れ・・・


しばし、車中で、休息。


安定剤を飲み、


シートに、力なく横たわり、


その牡丹雪を眺めていた。


やがて、それは、また雨になり、


空には薄日が射してきた。


帰宅しても、すぐには治まらない。


眠ってみたが、やはりおかしい。


夫に頼んで、夕食を作ってもらった。


年末だというのに、我が家はゴミだらけだ。


片付けや掃除をする体力もない。


情けないなぁ~


でも、まあ・・・こうして、息をして、


なんとか生活できていることは、


有難いことだ。


感謝、感謝、感謝・・・








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ハリー・ポッター


「ハリー・ポッター」を見に行きました。


最近の映画館は、スクリーンが大きく、


音響効果も、迫力満点。


しかも、指定席をネットで予約し、


チケットも購入できちゃう。


座席もゆったりしていて、ふわふわだし、


まるで、VIPルームみたいねえ~


映画は、今年になって4回目。


だけど、やっぱりおいでなすったよ。


パニックが・・・


最初の30分で、バクバク、わなわな・・・


あぁ~、もうだめかも~~~


と、思いつつも、安定剤投入。


おにぎりとスポーツドリンク。


これで、なんとか、持ち直しました。


ハリー役の男の子が、大好きで、


だんだん大人になっていく過程も、


なんだか、寂しいようなうれしいような、


複雑な気分で眺めてました。


結局、あっという間の2時間40分。


続編が楽しみです。


でも、帰宅してからも、バクバクは続き、


早々に、就寝となりました。


でも、映画は楽しいね。





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体脂肪減少


12月4日に行ってから、


何やかやで、休んでしまっていた、


ジムに、久々行きました。


今日は、指導員の方の号令のもと、


ストレッチに時間をかけてやりました。


その後、自転車こぎを、20分。


かなり、しんどかった;;;


ついでに、買い物行って、帰ったら、


ちょっと、おかしい;;;


動悸、息切れ、頻尿・・・


すぐに、横になって、休んでいると、


2時間くらい寝てました。


今は、まあ、落ち着いてるかな~


入浴は、明日に延ばそう・・・


でも、体脂肪率が、43%から40%に、


減っていたんで、ちょーうれぴー


がんばろう!!!




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現在の私


ボーダーの母親に育てられながら、


ボーダーにならずにこられたことは、


私にとって、幸運なことだった。


人に対してまっすぐな愛情を持てるという、


自分の特性に感謝している。


この愛情の根源は、何か?


たぶん、私が3歳の時、亡くなった、


祖父のおかげだと思っている。


祖父は、私に、無条件の愛を注いでくれた、


唯一の人である。


晩年、がんで病床にあった時、


「死ぬのは恐くないが、


昌子と別れるのが辛い。」


と、言ってくれた人である。


まさに、三つ子の魂・・・であろう。


その愛が与えられたおかげで、


私は、母親のような母にならなくて済んだ。


子どもを傷付ける母にならなくて済んだのだ。


いや、これは、我が子に問うてみなければ、


本当に、傷付けることがなかったかどうか・・・


わからないが、


私は、私なりに、懸命に子どもを育てた。


私のような哀しい子どもにだけはしないように、


できる限りのことはしてきたつもりだ。


人間である以上、完璧とは言えないが、


どんな状態にあっても、子どもを愛する、


その心情は、変わっていない。


子どもが生まれ、元気で育ってくれること、


それこそが、私の幸せである。


子どもには、感謝している。


生れてきてくれて、ありがとう、と言いたい。





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断念


よく、ここまで書いてきたなあと思う。


もう、限界だ。


ひどいフラッシュバックに襲われている。


過去のある時点へと、引き戻されていく。


身動きできない程の苦しさが甦る。


これ以上、続けられないので、


いったん、筆を置くことにした。


今の状況だけ、書いておこう。


母は、認知症を病み、過去の記憶をなくし、


グループホームで、にこやかに過ごしている。


会社は、3年前(?)に畳み、


夫と私と息子と、穏やかに暮らしている。


私を脅かすものは、今はもうない。


この続きを書ける日が、来るかどうかも、


定かではないが、それはそれで、よしとするしかない。


過去の辛い経験は、もう思い出さずに、


生きていかなければいけないと思った。


ここまで、読んでくださった方々、


ありがとうございました。





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母親の正体見たり (25)


母には、人間としての、大切な何かが、


欠落していた。


それが何かということを言い表すことは、


難しいのだが、明らかに欠けている。


その欠落部分を補う為の部品として、


私を必要としていた。


しかし、この部品には、感情も自我もあり、


母の思い通りにはならない。


そのジレンマに、時折、怒りを噴出させた。


私を自分の一部分として取り込むことに、


躍起となり、私のすべてを操ろうとしていた。


私が夫の手伝いに行くことにも、


露骨に嫌悪感を現し、不満をあらわにした。


それは、いつも私に対してだけ向けられていた。


夫、妹、子どもたちへの不満があったとしても、


それは、すべて私に向けられた。


あんたが、何とかしろ、ということらしかった。


「私は、お母さんとは、別の人間なんだから、


同じように、感じたり、考えたりする訳にはいかない。」


という当たり前の事を言ってはみるが、


この母親には通じないのだ。


なんで私の気持ちがわからないのと、憤懣やるかたない。


誰か、この母親を、何とかしてくれと、


心の中で、叫び続けていた。






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母親の正体見たり (24)


夫からは、再三、手伝いに来てくれと言われていたが、


私には、仕事と家事を両立させる自信がなかった。


体力的にも、精神的にも、危ういと感じていた。


しかし、この会社は、私の父の起こしたものだ。


私が、知らん顔ということもできない。


とにかく、経理と雑用の為に、ときどき顔を出していた。


それさえも、ずいぶんと覚悟が要った。


まるで、登校拒否の児童のように、長い逡巡を経て、


やっとの思いで車に乗り込むのだった。


そのようにして、会社に向かっていたある日、


事故を起こした。


右折しようとして、直進してきたトラックと衝突したのだ。


私の乗っていた軽四は大破したが、体は無傷だった。


翌日から、夫の通勤するトラックに同乗して、


会社に通う事になった。


朝8時に出かけ、夜は夫の仕事の終わりを待って、


いっしょに帰って来る。


その間、私も現場の作業を手伝うことになった。


世の男性諸氏に、主婦の大変さを理解してもらうのは、


なかなか至難の業である。


食事も洗濯も掃除も、その他諸々の雑事も、


自分の知らないところで、いつの間にか為されている、


といった感覚しかないようだ。


夫婦共に働いていても、家事は女の仕事だと、


何故決めつけられているのか?


この不条理に、苦しめられている女性は多い。


ここから、また、私の長く苦しい日々が、始まるのだった。





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母親の正体見たり (23)


会社の方はというと、父が入院したその日に、


プレス機が故障し、その修理費と、


安全装置を取り付ける費用が、かなりの額になり、


元より、父には遺産など、全くなく、


借金する他、手立てはなかった。


また、従業員に社会保険をかける為には、


有限会社でなくてはならず、その手続きは、


加入していた商工会のお世話で、すでに済ませていたが、


借入をする際に提出すべき決算報告書の作成が、


商工会に任せていても、遅々として進まず、


腹立たしい思いであった。


これはもう、自分で、経理をやるしかないと決意し、


自宅近くにある別の商工会へ相談に行った。


もし、税務調査が入ったら、ただでは済まない。


多額の追徴金を課せられることは、目に見えていた。


私は、清く正しい経理をきちんとやっていきたかった。


そこで、新たに複式簿記を勉強することになった。


入出金伝票、金銭出納帳、元帳、試算表まで、


自分で作れば、その後の税理士に依頼する、


仕事の分量が少なくて済み、税理士への報酬も、


最小限に抑えられる。


私は、週に2~3回、商工会へ出向き、


一から簿記を習った。


すでに、3年分の決算が滞っていた。


そういう事情を、夫に理解してもらうのも、


なかなかうまくいかず、道は、険しく長かった。


元々、夫と私の間には、深い溝が横たわり、


お互いの誤解や推測や疑念が、ますます、


その溝を深めていった。


それぞれに、孤独な戦いを強いられていた。


なんとか、3年分の書類を揃え、税理士に渡した。


ほっとしたのも束の間、またまた、アクシデントが、


私目がけて、降りかかるのだった。




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母親の正体見たり (22)


父を亡くした後の母は、


かなり長い間、泣き暮らしていた。


「もっと早く、大きい病院で診てもらっていれば、


こんなことには、ならなかったのに・・・」


「何度も、検査を勧めたのに、


お父さんときたら、頑固で、言う事きかんし・・・」


飽きもせず、繰り事を重ねるばかりだった。


お父さんのことは、不可抗力だから、


もう、いつまでもそんなこと気にしないでと、言えば、


「あんたになんか、私の気持ちはわからん!」


「あんたにとっては父親じゃけど・・・


私には夫なんだから・・・」


はいはい・・・そうですか。


娘にとっては、悲しくないとでも言いたい訳だ。


または、私が冷たい娘だと言いたいのかもしれない。


「あんたは、通夜の時、晩御飯、しっかり食べて、


よう、そんな食べる気になれるもんじゃ」


とも、言っていた。


まったく、私は、いつも母親にとって、悪者だ。


しかし、私は知っている。


父の死が諦め切れない理由を。


母には、たぶん自覚はないのだろうが、


生前の父に対する態度は、辛辣であった。


父親の存在そのものを否定してしまうような、


激しい怒りを投げ付けていた。


母は、そのことには触れもしない。


自分には、何一つ、汚点などないかのように、


その記憶を、思考回路は迂回してしまうのだろう。


私は、言いたかった。


父を死に追いやったのは、母だと・・・


いや・・・これは、あまりに極論すぎる。


しかし、母は自分の行きすぎた行為に対して、


客観的になって欲しいと、痛切に感じた。


そういう黒い部分を、どこかに追いやり、


正義漢面しているところは、許し難いものがあった。


母の心中にも、良心というものがあるはずだが、


自分を正当化することにのみ、心を奪われ、


娘に対してさえも、素直にはなれない人であった。





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憧れの神戸 2



兵庫県立美術館周辺です。





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憧れの神戸


憧れの神戸ルミナリエ、行って来ました。




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母親の正体見たり (21)


今また、私は、立ち止まってしまった。


ざわざわと胸騒ぎが起こり、


理由のない不安感が押し寄せ、


明日という日が、急に心許なく感じられる。


いやいや、もう、悪夢は去ったのだ。


今は、穏やかな生活を送っているのだから・・・


そう、自らに言い聞かせても、


この不快感は、容易には消えてくれない。


私の心の中に、大きな口を開けた心淵が、


今にも、この小さな生き物を、飲み込もうと、


舌舐めずりしているのだ。


誰か、私に確約してください。


もう、私を苦しめるものはないと・・・


そして、私のすべてを、受け入れてくれると・・・


いや、それは、自分自身でやるべきことだ。


自分で、自分を肯定し、生きて行く。


私を救えるのは、私しかいないのだ。





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母親の正体みたり (20)


弔いという儀式は、一体、何の為に、


誰の為に、あるものなのか?


通夜には、親戚一同が駆け付け、


ご近所からの弔問客が、引けも切らず、


一人一人に礼を述べ、故人の生前の話をし、


お茶を振る舞い、僧侶の読経を聞き、


その間中、祭壇の前に、座っていなければならない。


その間にも、いろいろなしきたりにのっとって、


喪主のやるべき事は、無数にある。


夜が更けても、線香を絶やさぬよう、守をし、


明ければ、告別式、焼き場への往復、


帰れば、最近の通例となっている初七日と、


遺族は、ゆっくりと、故人の顔を眺める余裕すらない。


生前のままの姿を、見られる最後の短い時間を、


儀式という名の雑事に忙殺されるのだ。


それを嘆いても、詮無き事。


父の溺愛した妹は、葬儀一切を終えるまで、


号泣し続けたのだから、父の魂も喜んでいることだろう。


私は、伏し目がちにしていただけであって、


実のところ、一滴の涙も出なかった。


思考能力は、著しく低下し、感情は凍りつき、


殊更、胸を去来するものもなく一日を過ごした。


数か月後に、車を運転中、突如として、


涙が溢れだし、止まらなくなるその時まで、


私の頭は、その機能を停止したままであった。





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母親の正体見たり (19)


いよいよ、父の死期が近づいてくると、


今度は、家中の片付けを言い付けられた。


今でこそ、便利な葬祭ホールが繁盛しているが、


当時は、まだ、昔ながらの自宅葬が主流であった。


4LDKに7人が暮らす住まいは、


お世辞にも広いとは言えず、


隅々にまで、物が溢れ返っていた。


妹と私とで、丸3日程かけて、大片づけをした。


一番、散らかっていたのは、両親の部屋である。


母は、いわゆる、片付けられない女だった。


何でこんな物が、こんな所にと、意表を突かれる、


とんちんかんな散らかりようであった。


そうして、私たちが、覚悟を決め、


残り少ない日々を、惜しむように過ごした後、


その瞬間は訪れた。


ある晩、夕食の用意ができて、食べようとした時、


電話が鳴った。


「お父さんが・・・」という、母の声に、


遂にこの時が来たのかと、さすがに慌てて、


病院へ駆けつけたが、すでに、息を引き取った後だった。


「なんで、もっと早う来てくれんかったん!!!」


と、母は泣きじゃくり、取り乱していた。


私が、間に合おうが、合わまいが、父は逝くのだ。


母の次兄であるほうの伯父が、


生前、私に葬儀会社を紹介してくれていたので、


そこへ依頼の電話を入れると、


すぐに、搬送の手配をしてくれた。


解剖させてくれという医師の申し出を断り、


早々に、自宅へと連れ帰った。


とうとうこの時が来たんだなと、思うばかりで、


悲しみなどという感情は、湧いてこなかった。


この先の葬儀の煩雑さを思うと、


深いため息を禁じ得なかった。






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母親の正体見たり (18)


父が事業を始めることに、母は猛反対だった。


自営業に向いていない人だと言っていた。


母の発言の中でも、この事だけは正解だったと言える。


夫婦間で、どのようなやり取りがあったかは、


定かではないが、おおよその見当は付く。


「不良を出さない」「納期に遅れない」


この二つを厳守してさえいれば、


仕事は、自ずと向こうからやって来るものだと、


父は豪語していたが、世間知らずもいいところである。


世の中、何事も、駆け引きなくして、


渡っていける程、甘いものではない。


また、利益を上げるべく、合理性を追求する為には、


余計な情も切らねばならない。


母の反対を押し切って、会社を立ち上げたものの、


いつまで経っても、役員報酬さえ得られぬ体たらくだ。


母が、父を責めたであろうことは、想像に難くない。


人を攻撃する際、相手に一番打撃を与えるであろう、


言葉を選別する能力は、天才的と言っていい母である。


父の心情や、如何に。


そんな経緯の後の父の発病は、


おそらく大いなるストレスの産物であろう。


これには、母も心中穏やかならぬものがあったらしく、


もはや手遅れと宣告された病人に、


何とか手を尽くして欲しいと、医師に懇願し、


抗がん剤の投与、放射線治療を、強行したのであった。


父は、見る間にやせ細り、髪は抜け落ち、


見るも痛々しい姿に変貌していった。


母は、泊まり込んで、甲斐甲斐しく世話を焼いたが、


今更の感は否めず、胸の痛む光景であった。


父も可哀想ではあるが、先年、借金返済に、


母が深夜まで働いていたのを尻目に、


自分は、勤めが終わると、詩吟だのフランス語だの、


自作の小説を同人誌に載せるだのと、


趣味にうつつを抜かしていたツケが来たとも言えよう。


いよいよ、父は見動きすら、自力ではできず、


痛み止めを投与され、寝たきりとなっていった。


医師にも、これ以上の治療は無駄と宣告され、


母は、それならばと、一晩、自宅へ連れ戻すという、


これまた、意表を突く行動に出た。


元より、言葉を失ってしまった父には、


意見を差し挟むことすらできず、


ただ、母の無謀な独断に従う他なかった。


かくして、一時帰宅が決定し、


階下に、父の居場所を作らねばならなくなった。


またしても、私の出番である。


母の店にしまい込んであった、


鉄製の古い重いベッドを、持ち帰り、


組み立てるまで、丸一日がかりで、奮闘した。


果たして、父は搬送用の車に乗せられ、


点滴をしたまま、懐かしい我が家へと辿り着いた。


母は、自責の念に耐え切れず、


出来得る限りのことしようとしたのであろう。


しかし、時すでに遅しである。


かつて、自ら手入れした庭を眺め、涙する父に、


何もしてあげられないジレンマに苦しめられた。







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母親の正体見たり (17)


父は、病名を知らされぬまま、入院することになった。


会社の事は、私に頼むと言われた。


またもや、重責が圧し掛かってくるのか。


父から、おおよその引き継ぎを受け、


明日から入院というその日、


夫が、思いもかけず、父の会社を継ぐと言い出した。


夫の溶接業は、ほぼ順調だったが、ここに来て、


俄かに、仕事がなくなってしまったと言うのだ。


これぞまさしく、天の配剤。


父は、それを聞いて、安堵し、


もはや、父と夫との、確執も小休止の体となった。


私も、胸をなで下ろしたのだが、


そこからまた、事態は波瀾の様相を呈するのだった。


今まで、甘やかされてた従業員は、


夫の厳しい態度に不満を募らせ、


口汚く罵る者さえ現れ、夫を困らせた。


結局の所、次々に解雇を言い渡すはめになり、


中には、我が家まで押しかけて来て、


私に、解雇を取り下げてくれと迫る者もあった。


父の会社は、主に、某医療機器メーカーと、


伯父の会社から、仕事をもらっていた。


その医療機器メーカーからは、直接取引ではなく、


もう一つ別の会社(N社)が、介在していた。


父が入院すると、間もなく、N社の社長が訪れ、


「うちは、抜けるから、今後は、


メーカーと、直接取引してくれ。」


と、言ってきた。


そこで、新たに、メーカーと契約書を交わした。


その時、発覚したことだが、なんと、


N社は、父からの再三の値上げ要請に応じず、


多額の中間マージンを搾取していたのであった。


直接取引になってからは、経営状態も、


徐々に、改善されていったが、


なかなか、従業員には恵まれず、


またもや、私の手を借りようと、


夫は、やかましく催促してきたが、父の世話もあり、


家事、育児も大変だからと、断り続けていた。


時々でいいからと、夫は言うが、


一度、手伝いに行ったが最後、時々が毎日、


半日が一日にと増えていくことは、目に見えていた。


私は、ただ、家事と育児に専念したかった。


子どものそばに、いたかった。


他には、何一つ、望むことなど、ありはしないのだ。







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母親の正体見たり (16)


そうして、父と母、夫と私双方とも、


夫婦間の亀裂が大きくなっていった。


父は、なるほど、懸命に働いてはいたが、


人のいいのも馬鹿の内の例え通り、


従業員に舐められていた。


出せもしない高額の賃金を要求され、


それを、はねつけることさえもできない。


仕事のミスを叱ることもできない。


情けない経営者であった。


母は、そんな不甲斐ない父に業を煮やし、


離婚したいとまで、言い出す始末だった。


私たち夫婦はというと、


フルタイムで働けという夫に、


それは無理だということを、切々と訴えるも、


埒が明かず、両親にばかり従うとなじられ、


いくら話しても、気持ちは通じ合えないままだった。


その内、父の体に異変が起きた。


食欲が落ち、背中に痛みを感じ始めたのだが、


忙しさにかまけ、精密検査も受けないでいたところ、


ある日、突然、声が出なくなった。


さすがに父も慌てて、総合病院へと急いだ。


数日後、病院から母へ呼び出しがかかり、


母は、私を伴って、主治医に面会した。


「ご主人は、肺がんの末期ですね。


脳にも転移していますので、手術をしても、


もう、手遅れです。


声が出なくなったのは、両肺の間の部分に、


がん細胞ができたせいです。」


私たちは、あまりのことに茫然自失。


一体、何をどうすればいいのか、


まったく見当さえつかない有様だった。


この先、我が家はどうなってしまうのか、


とにかく、夫に電話しなければ・・・


と、それしか、思い浮かばなかった。





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母親の正体見たり (15)


何とか、父の足は、歩けるまでに回復したが、


次の年だったか、息子が腸閉塞を起こし、


入院手術することになった。


この時、息子は6歳だったが、


かつて、4歳の時に腹膜炎を手術した後が、


癒着したものと思われる。


息子の付添をしている最中、


同じ病院へ、夫が救急搬送されてきた。


電動工具で、左の親指の神経を切ったのだ。


それもまた手術を受け、完治すれば、


元通り動くということだったが、


それまで、左手は動かせない。


私は、慣れない溶接作業で、右腕に腱鞘炎を起こし、


夫の手伝いは、勘弁してもらっていたのだが、


こうなってくると、手伝わない訳にもいかない。


私にとって、苦しいだけの日々が続いた。


そんな私に、母は、追い打ちをかけるように、


自分の店までの送り迎えを言い付ける。


一番理解してもらいたい相手に、


こういう仕打ちを受けると、体よりも、


精神の方に、大きな打撃を受けるものだ。


私を救ってくれるものは、もう何もない。


父も、母も、夫も、私に寄りかかっている。


絶望という二文字が、私の頭の中で点滅していた。





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母親の正体見たり (14)


こうして文章にしてみると、


私の半生が、如何に目まぐるしく変化し、


如何に、多くの難問を抱えていたかが、よくわかる。


しかし、ここに至って、はたと私は立ち尽くしてしまった。


この後の記憶が、定かではないのだ。


あまりにも過酷な経験というものは、


鮮明に覚えていては、神経がやられてしまう。


よって、自衛本能としての忘却力が働くのであろう。


私の脳は、当時の出来事の細部まで、


思い出すことを、拒否しているようだ。


この記事を書き始めてから、数日を経過し、


徐々に、緩やかなフラッシュバックが起こり、


少々、体調を崩してしまっているのも確かだ。


しかし、これを書き上げなければ、


私の過去を清算することはできない。


私が、何と闘い、何を護ろうとしたのか、


子どもたちには、是非とも、理解しておいて欲しい。


幼い頃から、こういう母親にだけはなるまいと、


心に刻みつけて生きてきた。


虐待の連鎖というものは、どうやら、


世の中のあちらこちらで、起きているらしく、


ただ、それは、家庭という、一見穏やかそうに見える、


堅牢な檻の中に、覆い隠されているのだ。


どんなに辛くとも、子どもにだけは、


私と同じ苦しみを味わわせたくないと、


虐待の連鎖を断ち切りたいと、


ただ、その為にのみ、生きていたと言える。


子どもを産んでいなければ、


とうの昔に、自ら、命を絶っていたことだろう。


翻って、言えることは、子どもたちが、


私の命を支えてくれていたということである。


子どもとは、かくも有難く、かけがえのないものである。


子どもの為に、親がいるのではない。


親の為に、子どもは、生まれ出てくれるのだ。




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母親の正体見たり (13)


悪いことは、重なるものなのか・・・


父は、骨折した足の手術を受け、


入院することになってしまった。


父の会社には、3~4人の従業員がいたが、


任せっきりにできる訳もなく、


病院を抜け出しては、会社へ行っていたが、


やがて、完治しない内に、強制退院させられてしまった。


そうなると、今度は父親にも、運転手が必要となる。


一家で、三つも自営業をやっている所など、


いまだかつて、お目にかかったこともない。


私は、父、母、夫の僕(しもべ)となり果てていった。


もはや、朝、目覚めて、自分が発狂していても、


なんら驚くことではないといった状況である。


いや、狂ってしまったほうが、どれ程楽だったろう。


狂いもせず、体も壊さず、周囲に忙殺される、


我が身の境遇を、ただただ呪うばかりであった。






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母親の正体見たり (12)


「あんたは、姑の苦労をしないでいるから、


本当の苦労というものがわかっていない。」


母は、いつも私にそう言った。


確かに、祖母という人が、これまた難物であった。


優しく穏やかな祖父の元へ嫁いで、


一男三女をもうけたが、その3人の娘(私のおば)が、


皆が皆、口を揃えて、冷酷な人だと言うのだから、


押して知るべしである。


ただ、一男であるところの私の父だけは、


可愛がられていたらしく、


祖母への愚痴といったものは聞いたことがない。


祖母は、学業優秀で、知識も豊富であった。


倹約家であり、その徹底した現実主義には、


情の入る隙間もなかったのであろう。


祖父が、晩年、がんを患い、入院していた時、


「どうせだめなら、早く逝ってしまえばいいのに・・・」


と、言い放った人である。


母が、祖母の元で、苦労したということは、


祖母を知る者なら、容易に想像がつくというものだ。


しかし、なるほど、姑の苦労は辛かろうが、


誰にでも、理解してもらえるだけマシではないのか?


実の母親に対する愚痴など、誰にも言えはしない。


「結婚しても、実家に住んでるなんて、羨ましい。」


「自分の親なんだから、ケンカしても後へは曳かないでしょ?」


と、言われるのが、落ちである。


これが、私を更に苦しめていた。


誰にも言えない。


父ですら、母親の正体がこれ程恐ろしいものとは、


よもや気づいてなかっただろうし、


元より、父に話してわかってもらおうなどという、


考えは微塵も持ち合わせていなかった。


母と私の間のことへ介入する気のないことは、


幼い頃からの経験で、肌身に感じていたのだから。


こうして、私は、いつ果てるとも知れない、


孤独な戦いを強いられる日々が続くのだった。


矢折れ弾尽きるとも、最前線から離脱することは、


決して許されないのである。







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母親の正体見たり (11)


本書にもあるように、


ボーダーの母親に育てられた娘は、


心身両面にわたる不具合に悩まされる。


私も、幼い頃から、不安、恐怖、絶望感、自己否定、


などの感情に、常に心を揺さぶられ、


体の機能や免疫力の低下、


更には、パニック障害や鬱状態の兆しが、


すでに、見え隠れしていた。


初めて、パニックの発作と思しき症状を見たのは、


小学6年生のテスト中の事だった。


いわゆる進学校と称される高校に進んだ後、


元来勉強嫌いな私は、途中から、


著しく成績が落ち、もはや、少々のことでは、


追いつかない程の落ちこぼれとなっていった。


元々、これという目標もなく、将来への希望も見えず、


ただ、水の流れに任せるようにして、進学したのだから、


勉学に励む理由さえも、見出せなかった。


そんな私に、母は、持ち前の執拗さで、


毎夜毎夜、数時間にも及ぶ、説教を繰り返した。


飽きることなく、繰り返される演説を、よもや、


断ち切ろうものなら、更なる重圧が押し寄せることは、


火を見るよりも、明らかだった。


私には、それを拒むことも、逃げることもできず、


ついに、私の神経は限界に来た。


帰宅拒否症とでも言うものであろうか、


下校の途中で、公園へ向かい、


そこのベンチに、何時間もただ座っていた。


日はとっぷりと暮れ、寒さが身に沁みて来た。


その頃、我が家では、私の大捜索が始まっていた。


母は、少しでも私の帰りが遅いと、


ありとあらゆる知人、友人、


果ては、部活の先輩、後輩にまで電話して、


安否を聞きまわるという悪癖があった。


そんな大捜査網の甲斐あって、


無事に私は保護され、問いただす母を尻眼に、


布団の中へと逃げ込んだのである。


翌朝、やかましく私を起こす母の声に、


さすがに父も、放って置いてやれと、とりなした。


父の出かけた後、横になっている私に、


「あんたのおかげで、お父さんに叱られた!」


と、わざわざ、留めの一発を刺しにくるのだ。


母の憎悪は、些細な事でも、一瞬にして、


膨張し、溢れ出し、私をめがけて、


ミサイルのように攻撃してくるのだった。





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母親の正体見たり (10)


ここで、一つお断りしておきたい事があります。


この記事に書いてある事は、あくまでも、


私の母親のケースであるということです。


今、ボーダーで苦しんでおられる患者さん達は、


おそらく自らの病を自覚していらっしゃると思います。


私の母は、全く自分の中の矛盾を認識できず、


間違いを指摘されると、激怒し、相手を罵倒するのです。


都合の悪い事は、どんどん忘れ、


自分が被害者であった記憶のみを、積み重ねて、


世の中で、自分程不幸な者はいないと信じていました。


精神的な安定を望んでいるように見えて、


実は、自らその安定を破壊していくという、


救い難い精神構造の持ち主だったのです。


今でこそ、こうして分析できますが、


渦中にあった当時は、私自身も、


母親の心の暗闇に引きずり込まれ、


その苦悩を共に味わえとばかりに、


私に向かって、胸中に収まることのない、


負の感情を、吐き出し続け、


私は、さながら母親の心のゴミ箱のようでした。


しかし、それを、母以外の人、家族にさえも、


一言でも漏らした事が、母に気づかれたなら、


どんなひどい仕返しが待っているかわかりません。


私は、父にも夫にも、ましてや、幼い妹や、


我が子には、そんな片鱗は一切見せないように、


ひたすら能面の如く、顔色を変えることなく、


ただじっと、耐えている他、生きる道はなかったのです。




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母親の正体見たり (9)


夫は、基本的には、質素倹約型。


何事にも熱心に取り組むまっすぐな性格で、


私と子どもたちに深い愛情を持った、


申し分のない伴侶と言えるのだが、


お互いをよく理解する暇もなく、


結婚生活を始めた為、幾多の誤解が生じ、


その溝を埋める術も見つからず、


ぎくしゃくとした関係が長く続いた。


母は、私が夫と仲良くするのを好まず、


結婚すれば、私を解放してくれるのではと、


思っていた私の期待は、見事に外れた。


あたかも、私を夫には渡さないぞとばかりに、


いよいよ私への執着は、度合いを増し、


私は、両親と夫との間で、身を裂かれるような、


葛藤に苦しめられる日々を送っていた。




それにしても、父は、つくづく運の悪い人である。


人生の表舞台から転がり落ちた上に、


自宅の階段までも踏み外し、


かかとの骨を砕いていまったのだ。


なんと、この時、母は、私に、


「あんたのせいで、


お父さんがこんなことになったんだ!」


と、私を罵り、責め立てた。


父は、まったく自分の不注意によって、


ケガをしたのにもかかわらず、


まるで、私が、突き落としでもしたかのように、


まくし立てるのだ。


母の狂気の噴出を、ここに見ることができる。


不測の事態に直面した時の、


ボーダーの反応や、如何に・・・と、


つくづく、開いた口の塞がりようもない、


支離滅裂な反応である。


それに対して言った父の言葉も、


「人がケガをして、苦しんでるのに、


そんな不愉快なことを言うな!」


と、これまた、なんとも的外れだ。


ここで、私をかばってもくれない父にも、


ただただ、唖然とするばかりで、


両親は、一体、私の事を、


何だと思っているのかと、問いたかった。


怒りと失望と悲しみが、私の中に充満し、


今までやってきた事のすべてが、


何の価値もない事のように思われた。


この瞬間に、私の魂の一部が破壊された。





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母親の正体見たり (8)


俄かに、我が家の経済危機が問題化してきた。


結局、父は、親族で経営する伯父の会社の、


権力闘争に敗れたものと推察される。


そこでお荷物になっている面倒な仕事を、


押しつけられ、退職金さえ、現物支給という、


今から思えば、何ともひどい仕打ちを受けて、


資金もないまま、零細企業を立ち上げざるを得ない、


窮地へと追い込まれていったのだ。


父の収入は途絶え、一家の蓄えを、


ことごとく注ぎ込んで、経営を始めたものの、


まったく利益を産むどころではなかった。


詰まるところ、母の収入のみに、


家族全員の生活がぶら下がっているといった、


ひっ迫した状況のなかで、


家族の関係は、日増しに険悪なものになっていった。


父は、もともと、商売の才覚など微塵もなく、


いかに製造業であろうとも、金銭の管理能力なくしては、


経営というものは成り立って行くはずもない。


母は、女性としては、珍しく、


高収入を得られる手腕を持っていたが、


如何せん、こちらもまた、少々金銭感覚が、


一般人とは、かけ離れており、


私の高校時代の部活の遠征費用をしぶり、


うっかりして焦がしてしまった制服を買い替えてもくれず、


本人は、高価な毛皮のコートやバッグ、


靴、化粧品などを、ためらいもなく買い、


美容院にも頻繁に行くといった有様であった。


夫は、両親ともに教員という堅実な家に育ち、


我が家の、家計が一体どうなっているのかと、


いぶかしげに私に問うのだった。


毎夕食後には、一見、家族会議のようで、


実は、お互いのアラを指摘し合うような、


辛辣な言い争いが、何ヶ月も続いた。


真面目で気性のしっかりした夫と、


自分の非を顧みることのない性質の母は、


くじけることなく、一人父のみが、


窮地に立たされる様相を呈していた。


私は、2人の幼子を育て、7人分の家事をこなし、


母の仕事にも、父の仕事にも、駆り出され、


その忙しさは、尋常ではなかった。


その内、いよいよ、父と夫との折り合いが悪化し、


ついに、2人の男は、袂を分かつことになった。


夫は、一人で、溶接業を始めることを決意し、


その手伝いも、やはり私の役目だった。


この頃のことを、振り返ってみても、


何が何だか、さっぱりわからない程、


私は、家族全員に振り回されていた。


誰一人、私がどんなに大変か、


思いやってくれる人はいなかった。


それ程、皆が自分の事しか考えられない、


切羽詰まった状況だったと思われる。






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母親の正体見たり (7)


母は、自分の伴侶が、自らの理想には、


およそかけ離れているということに、


失意の念を持ち、その矛先を夫に向けてきた。


母の男性像は、2人の情熱的な兄を理想としていた。


二人とも、事業を興し、


長兄は成功とまではいかなかったが、


次兄は、身一つで、工場を立ち上げ、


今では、従業員100人以上をかかえる、


中堅企業へと成長させたのだ。


その次兄の会社で、父親は働いていた。


甲斐性があるとは言い難いが、


そこそこ真面目に勤めをこなす平凡な人だった。


母の理想は、いつでも、あまりにも高い。


完璧でなければ、許されない。


それは、不完全な自分自身の不甲斐なさを、


身近な人間に補ってもらいたいという切望だった。


かくして、夫と私は、母親のかっこうの餌食となり、


日々、その一挙手一投足に至るまで、


母親の選別眼にさらされる日々が始まったのだ。


父、母、妹、私たち夫婦・・・


そして、娘と息子が、相次いで誕生し、


我が家は、7人の大家族となった。


そんな折、父が仕事上のトラブルから、


退職を余儀なくされ、あろうことか、


自分で、鉄工所を経営することになった。


今思い返せば、すべてが、悪い方向へと、


転がり落ちていくような危うい雰囲気が漂い、


諸手を挙げて、歓迎できる状況には程遠いものだった。


私の不安をよそに、父は会社を作り、


追って、夫も勤めを辞めて、父の元で働き始めた。


ここからは、ただもう、私にとって、


災難という災難が、束になって降りかかり、


全く、希望というものなど見えない、


暗闇の時代へと突入していくのだった。






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母親の正体見たり (6)


母は、結婚後、洋裁店を開き、


常に、3~4人の縫い子さんを雇っていた。


その後、祖父が身内の借金を背負ってしまい、


持家を処分し、生れ故郷を離れ、


一家は、岡山市内へと移り住むことになった。


狭い借家暮らしの中でも、母は仕事を続けた。


住み込みの縫い子さん2人と家族5人が、


ひしめき合って暮らす生活は、


私にとって、安らぎのないものだった。


昭和30年代から、高度成長期に渡って、


母は、かなりの収入を得ていたと思われるが、


それも、借金の返済に消えて行ったのだろう。




私が、社会人となって、間もない頃、


「運転免許を取りなさい。」


と、父に言われた。


母は、顧客を訪問したり、生地の仕入れに行ったりと、


移動の手段が、どうしても必要だった。


40を過ぎて、決心を固め、免許を手にしたものの、


母は、到底、自動車など操れる性格ではなかった。


不意の事態に対処する能力が著しく低く、


自分の手に負えないと、激怒するか、


パニック状態に陥るかのどちらかだった。


ここで言うパニック状態とは、


いわゆるパニック障害で発するものではなく、


収拾できない程の、思考の混乱という意味である。


そこで、私にお鉢が回って来たということだった。


免許を取ったその日から、


私は、母の専属運転手となった。


母は、私の自由を、ことごとく奪い、


婿養子をもらって、家を継ぐべきだと、


言い続けていた。


高校を出て、結婚するまでの5年間、


私は、この頑迷な母と、対決し、


自由を勝ち取ろうと、何度も闘いを挑んだが、


味方と頼めるはずの父親も、だんだんと、


ボーダーの母親の固執した考えに染められていき、


もはや、抵抗虚しと、遂に白旗を揚げてしまったのだ。


私、23歳。


お見合いの席で、夫と出会い、


婿養子に来てくれるというそれだけの理由で、


結婚を決めた。





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母親の正体みたり (5)


母は、高等教育を受けられなかったことに、深く失望し、


親を恨み、兄を妬み、自分を卑下していた。


こと洋服の仕立てに関しては、秀逸な才能を発揮し、


一級技能士の資格とともに、金賞を与えられた程であった。


しかし、世事に疎く、人間関係を築くことも不得手で、


人にみくびられたり、苛められたり、欺かれたりした。


そんな事態に遭遇するたびに、自分の無学を呪い、


不運を嘆き、昂じて被害妄想へと陥るはめになっていった。


そんなフラストレーションを解消すべく、


完全な人格としてのもう一人の自分を、


私の上に投影し、もはや私は、娘ではなく、


仲の良い双子の姉妹のようにとらえていたようだ。


母の生活は、一にも二にも私なくしては成り立たず、


母の内面にある強制収容所に、入れられたも同然だった。


母を憎みながらも、愛さずにいられず、


なんとか母を幸せにしてあげたいと願い、


母の欲求には、何をおいても、答え続けた。


異常な母子の関係により、一番被害を被ったのは、


他ならぬ、私の夫である。





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母親の正体見たり (4)


ボーダーは、大まかに4つのタイプに分類されるが、


ここでは、詳細は割愛しておこう。


結局は、個々の性質によって、現れる症状も様々で、


各種類の混合したものが多いのではと思われる。


具体例として、私と母親との関係を、考えてみたい。




母は、しっかりした世話好きな母親と、


家庭を顧みない父親のもとで、育てられた。


父親は、邦楽の第一人者だったそうだが、


戦中戦後の時代には、世に必要とされず、


一家は、貧しい生活を余儀なくされた。


母を含めて、5人の子どもがいたが、


1番上の姉は、結核を患い、早世した。


2番目と3番目の兄は、貧しいながらも、


高校に進学したが、母は女の子でもあり、


親の財力も尽き、あきらめざるを得なかった。


末っ子の弟は、思春期から青年期にかけて、


精神を患い、今で言う措置入院をさせられ、


そこで、一生を終えた。


終戦の年に、13歳という微妙な年齢であった母は、


皆が、上の学校に行くのを横目に、


仕立屋へ奉公に出された。


この事が、後々までも、母を苦しめる要因となる。


19歳で、結婚したが、婚家もまた、裕福とは言い難く、


母は、以後、何十年も働き続けることになる。




母は、私に、常に完璧を求めた。


通知表は、全部5でなければならない。


体育や、音楽、図工まで。


できて当たり前、少しでも欠けた部分があれば、


できそこない呼ばわりされ、叱咤激励される。


やればできると、口癖のように繰り返す。


あきらめることは、決してなかった。


私が11歳の時、妹が生まれ、家族は、溺愛した。


妹の世話は、祖母と私の役目となり、


可愛がらないといっては、父にひどく責められた。




私は、本書でいうところの「完璧な子ども」を求められ、


必死で、それを目指すも、挫折を繰り返し、


母の失望を買い、自己嫌悪に落ちて行った。


母にとって、私は、自分のなれなかった理想を、


実現するためのアバターであったと思われる。


私が幼い頃は、狂信的な教育ママであったが、


高校を卒業してから後は、生活面でも、精神面でも、


私に依存するようになっていった。


だんだんと、私と自分との境界線があいまいになり、


母親の一部分として、取り込まれていったのだった。





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昌子

Author:昌子
パニック障害と不安障害になって、
10年が過ぎました。
大量の薬、副作用、家庭環境、
精神的虐待、自虐的心理状態・・・
などと闘ってきました。


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