夢の欠片ーパニック障害な私ー

パニック障害と不安障害を抱え、 なんとか生きている私の日常。

2009-07

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我が子への思い 2


不登校、という言葉は、今でこそ当たり前に使われているが、


当時はまだ、極めて特別な事のように思われていた。


学校へ行けない子供=異端児、という単純な括り方をされ、


その親も、どこかに欠陥があるかの如く、取り沙汰されたものだった。


我が家の住人も、そんなステレオタイプの考えを持って、


私にその責任を追及するばかりだった。


子供の言う事に、一々耳を傾けていても、埒が明かない。


厳しく言い含め、何としても、学校へ行かせるべきだ。


普通の子供は、皆ちゃんと通っているのに、何故、そうさせられないのか。


親としての資質に問題があるんだ。


・・・と。


そんな当たり前の、建前だけの理論をいくら聞かされたところで、


解決の糸口にさえ、なりはしない。




何故、学校に通わなければならないのか?


エジソンの母は、問題児の我が子を、自宅で教育した。


黒柳徹子さんも、普通の学校では理解してもらえず、


お母さんは、あちこち探して、やっと自由な校風の学校をみつけた。


こういう事は、話としては、成る程素晴らしい事だ、などと言う癖に、


いざ、我が身に問題が降りかかってきたものなら、


たちどころに、世間体をはばかるばかりの、技量の貧しさを露呈するのだ。




私は、それまでの育児を振り返り、


娘の気持ちをなんとか汲み取れないものかと、苦悩していた。


家で教育するなどと、口に出そうものなら、


家族中から、総攻撃を受けることは、火を見るよりも、明らかだ。


学校がいやなら、行かなくてもいいと、思ってはいたが、


学力の問題は、解決が難しい。


小学校の勉強をすべて教えてやることも、困難だ。


仕方なく、娘が学校へ行ってくれる方法を、考えあぐねた。


強制することは、避けたかった。


そこで、とにかく、朝起こし、食事をさせ、下の子を保育園に連れて行き、


その後、娘との我慢比べが始まった。


何も言わず、じっと、待つのだ。


娘は、学校へは行かなければならないものだ、という事は認識している。


いやいやでも、着替えを始めるまで、じっと待つのだ。


9時、10時、11時・・・・・


給食の時間までに、間に合えば、それでいいという気持ちだった。


しぶしぶ、着替えたなら、時間割を見て、いっしょに用意をし、


ゆるゆると二人で歩いて、毎日連れて行った。


のどかな土手の道、田んぼの中を通って、30分程かかる。


私は、もう決して急かすことはしなかった。


学校に着くと、友達が迎えてくれ、先生も笑顔で受け入れてくれた。


そんな事を、4年生まで続けたのだった。


いやいや歩く娘が、本当に可哀想だった。


それは、即ち、私自身への痛みでもあった。



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バテバテ~~~~;;;


いやぁ~~~参った;;;(;´Д`)ノ


と言っても、毎年のことだが、胃腸がひどく弱っている。


昨日から、だるだる~~~である。


胃痛、もたれ、下痢・・・など、夏特有の症状がきてしまった。


こうなると、もう、動くことが苦痛。(-。-;)


とりえあず、昨日、ピグともに教えてもらった、予防法を試みている。


水に、塩少々、砂糖少々、加えて、少しずつ飲んでいる。


故に、今日は、前記事の続きは書けない。


いつ、書けるやら・・・?


今日は、もう、休もう・・・( ̄ー ̄;




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尊厳

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まずは、我が子。

そして、自分自身の尊厳。

・・・という事になろうかと思う。



子供を産んだからには、責任がある。

その子供を、一生、見守っていくという責務。

しかし、病を得て、この歳になってしまった今では、

子供に護られている立場になってしまったようだ。

娘は、遠く離れているが、いつも、私の身を案じてくれている。

息子は、同居しているので、何くれとなく気遣ってくれている。



親の目からは、子供の心は、もうひとつ、掴みづらい感があるが、

子供の方は、結構正確に、親というものを把握できるようだ。

幼い頃から、身近で観察してきたのだから、

必然的にそうなっていくのも、当たり前だ。

私にしても、母のことは、見通せるが、

母は、私のことなど、何一つ理解していなかった。

また、解ろうともしなかった。



親の心、子知らず・・・と言われるが、実は、真反対のように思われる。

子供は、どんなにひどく傷付けられようと、親を嫌いにはなれない。

大人は、たかが子供と舐めてかかっていると、

とんでもないしっぺ返しに見舞われることになる。

子供は、すべて覚えている。

大人が、自分にどう相対してきたか。

無力な子供と侮って、感情に任せ、虐待などしようものなら、

一部始終を、鮮明に記憶し、成長した暁には、

それらの行為が何だったのか、客観的に分析することができる。

子供の人格を無視していたと・・・

自分の尊厳を汚されてきたと・・・

加害者を憎み、恨み、蔑み、憐れむ。

親の方は、若い頃には感じなかった罪悪感に圧迫され始める。

かくして、今や立派な大人となった我が子に、

老いさらばえ、自由を失い、縋り付きたいが縋り付けない結末となる。



今、この瞬間にも、虐待している親がいたなら、

その子供が、もし自分自身であったらと、想像してみるべきであろう。

虐待は連鎖すると言われるが、断ち切る姿勢を持たなければ、

未来永劫、地獄は続いていくのである。



自分自身の尊厳というものは、人間である為の必要不可欠な要素である。

というか、根源であろう。

これなくして、何ぞ、人と成り得べくものか?

ただ一つの例外は、我が子に危険が迫った時。

我が子の為にだけなら、自分の尊厳を捨てても構わない。

子供の尊厳と引き換えにするなら、

犯されようが、殺されようが、本望である。



・・・などと、立派な講釈を垂れてみたが、

ご賛同頂ける方が多いのではないかと、期待を持っている。

ご意見、ご忠告、ご批判などなど、頂ければ幸いに思いまする。m(_ _ )m



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自動巻き腕時計

今でも戻ってきてほしい失くした物 ブログネタ:今でも戻ってきてほしい失くした物 参加中
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今を去ること、30ん年前。

私は、高卒で就職し、社会人となったものの、

右も左も、東も西も、全く分からない事だらけ。

兎にも角にも、会社の仕事や、人間関係に慣れることに、必死だった。

何とか少しずつ、身の置き所を得てきた頃、

若者向けのクリスマス・パーティーが、某団体の主催で開かれ、

友達を誘い、興味津々で、出掛けてみた。

そこで一人の男性と知り合い、付き合いが始まった。

私、18歳、相手、20歳。

彼は、某鉄鋼関係の会社の独身寮に住んでいた。

今のような便利な世の中ではなかったので、連絡は、もっぱら、

向こうが公衆電話から掛けて来るという不便さであったが、

そんな事などものともせず、初めて現れたボーイフレンドと呼べる存在に、

ただただ、浮かれ、舞い上がり、まさに恋に恋するという有様である。

そして、ある日、戯れにお互いの腕時計を交換し、

私は、男物のそれをこれ見よがしに、つけて歩いた。

若い頃は、何かにつけ、無知で無防備、疑う事すら、微塵もなかった。

何回かデートを重ね、年を越し、私の誕生日が迫って来た。

当日の午後7時、駅地下で、待ち合わせをしていた。

しかし、待てど暮らせど、彼は現れない。

1時間くらいは、待っただろうか?

何しろ、こちらからは、連絡がつかないのだから、お手上げだ。

私は、彼の寮へ訪ねて行くことにした。

大体の場所は聞いていたので、バスに乗り、最寄りのバス停で降りた。

勤め先の会社を突き止め、まだ残業していた社員の方に、

寮の場所を訪ね、行ってみたのだが、そこには、彼はいなかった。

いや、住んでいなかったのだ。

少し行った所にある、団地に住んでいると教えられ、

かなりの距離を歩いて行った。

そこで見た物を、私は、今でも激しい衝撃と共に、

はっきりと、思い出すことができる。

やっとの思いで辿り着いた目的の場所に、その扉の横に、

男女二人の名前の書いてある表札が貼り付けてあったのだ。

疑う余地もなく、夫婦であろうその表札を、

私は、一体、どのくらい眺めていたことだろう。

寒風吹きすさぶ中、立ち尽くしたまま、微動だにできない。

私の頭脳は、一切の思考能力を失い、

ドアを叩くことも、踵を返すことも、選び取れない程、こう着してしまっていた。

どのくらい経ったものか、ふと我に返った私は、引き返す道を選んでいた。

大通りまで出て、タクシーを拾い、凍えた体を抱いて、帰宅した。

その長い一夜を、どんな思いで過ごしたものか、記憶は定かでない。

翌日、ラジオから、信じられないニュースが流れた。

昨夜、彼とその妻が、風呂釜の不完全燃焼によるガス中毒で、

亡くなったというものであった。

私は、凍りつき、耳を疑った。

彼の実年齢は、23歳であり、妻は20歳だった。

何もかも、嘘だったのだ。

私は、騙されていたのだ。

しかも、私が立ちすくんでいたあの時刻、あのドアの向こうで、

二人は、すでに亡くなっていたのだ。

取り替えたままの時計は、もう二度と戻ってはこない。

彼が、あの世へ、持って行ってしまったのだから・・・

あの時計は、祖母が、高校の入学祝いにくれたものだ。

自動巻きの高級品だった。

自分の愚かさと引き換えにするには、あまりにも惜しい。

祖母の私への思いがこもっていた。

高校時代のいろいろな思い出が詰まっていた。

私は、ひどく落胆し、自分を責めた。

この手に残された男物の時計が、憎らしくてならない。

3月、私は、一人で電車に乗り、まだ寒々しい鈍色の海へと、

それを葬ったのだが、この事件は、その後も長く私の心を覆い、

いつまで経っても晴れることはなかった。

取り戻せるものなら、あの腕時計に、もう一度会いたいと、

今でも、切実に願っている。



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洗濯


洗濯物と、格闘している。


その昔・・・


子供を育てていた頃・・・


父が健在だった頃・・・


妹がいた頃・・・


7人分の洗濯をしていた頃・・・


毎日、大型洗濯機を、2回まわしていた。


それを干し、取り込み、畳む。


男には・・・もとい、古いタイプの男には解らないだろうが、


家事は重労働だ。


食事も、洗濯も、掃除も、その他諸々の雑用も、


自分がくつろいで、ビールなんぞ飲んでいる間に、


そう・・・時が流れさえすれば、


為されているのが当たり前だと、思っている。


それが、日常生活の最低必要条件であり、


ことさらに意識したりすることなどありはしない。


主婦が、いなくならない限り・・・


そして、そのまま年老いて、男は仕事から退き、


ただの無能な存在となり果てる。


妻がいなければ、何もできず、何も分からない。


特に、仕事が趣味というような輩は、何もすることがない。


女は、いつまで経っても、報われない主婦を続け、


自由に出掛けることさえできない。


近年、離活という言葉をよく耳にするが、


女を家政婦としか、扱ってこなかった夫たちは、


用意周到な妻の反乱に、足元をすくわれるのだ。




そんな型通りの夫婦にならなくて、よかった。


夫は、一通りの家事は、こなせるようになった。


私が出掛けることさえ、元気になったと、喜んでくれる。


なんという幸せであろうか。


ようやく甦りつつある私の中の主婦が、


少々、焦っているのだが、それは、致し方ない。


気長に見守ってやろうと思う。


今日は、息子が洗ってくれていたタオル類を、洗濯機から取り出し、


母の部屋から出てきた、清濁不明瞭な大量の衣類を洗った。


それらを、休み休み、干し終えて、汗まみれになったのだが、


洗濯できたという爽快感も味わえた。


今度は、これを整理しなければならない。


しかし、私は、もう焦らない。


できない、という事は、悪ではない。


病なのだから・・・




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放心状態・・・


母の部屋を、片付け、母が2泊した後、


しばらくして、また、無気力状態に陥ってしまった。


天候不順、気温の変化が、それに拍車をかける。


先月末には、ついに、急性胃腸炎と思しき症状が現れ、


夜中から、朝方まで、ベッドとトイレを、何往復もするハメになった。


元々、神経性の胃腸炎は、若い頃からの長い付き合いである。


加えて、暑さによる胃腸機能の低下。


まだ、夫と二人で、働いていた頃も、必ず、夏はこんな具合だった。


食欲不振、胃痛、便秘、下痢・・・


胃腸は、ほとんど、その動きを停止していた。


そんな体で、鉄工所の現場作業を、やっていたのだ。


休日もなく、深夜まで、来る日も来る日も、鉄との戦い。


私は、自分で思っているより、余程、強いのだろう。


精神的にも、肉体的にも・・・


狂いもせず、倒れもせず、働き続け、虐げられ続け、


どこにも逃げ場のない数年間を、何とか凌(しの)いできたのだから・・・


しかし、その反動は、大きく、深く、重い。


精神的に負担のかかる事は、何一つできないままだ。


特に、料理は、まだ無理だと、再確認した。


主婦の感覚が、戻って来ないのだ。


仕事を終え、買い物を済ませ、家に辿り着き、


ぼろ雑巾のようになった心身を抱えて、台所に立っていたあの頃。


あまりの辛さに、何度、床に倒れ込み、号泣したことか。


夕食を作る・・・それだけの事が、とてつもなく遠いゴールに見えた。


私は、意思も、感情も、剥ぎ取られ、壊れかかった操り人形のようだった。


まだ、残っていたんだな・・・トラウマが・・・


それが料理だと、改めて気付かされた。


いつになったら、元気だった頃のように、作れるようになれるのか?


夫には、済まないと思うが、仕方がない。


ただ、その時を待つ事以外、なす術はないのだから・・・




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魔法のシーツと枕カバー

クールビズ、してる? ブログネタ:クールビズ、してる? 参加中
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1ヶ月程前になるだろうか。

外に買い物に行くのが、まだ無理なこともあって、

しょっちゅう、オークションやショッピングのサイトを覗いているのだが、

驚きの商品を、見つけたのだ。\(゜□゜)/

その名は・・・↓クリック!


である。

私は、すぐさま、購入。

あまりの快適さに、枕カバーも、追って、購入。

まだ、本格的な暑さとは言えないが、

日中は、かなり気温が高くなることもあるが、

昼寝をするにも、クーラー要らず、である。

もちろん、蒸し蒸しする夜も、ひんやり~~(^~^)

それだけではない、このシーツ、冬にも活躍してくれるらしい。

冬は暖かく、夏は涼しい・・・

なんという優れ物であろうか!!!(ノ´▽`)ノ

私の狂いっ放しの自律神経も、このシーツのおかげで、

火照った体も、しばらく横たわっていれば、鎮まってくるのだ。

この夏の救いの神といったところであろうか。

エアコンも、今年はまだ、使っていない。

これって、クールビズって言えるよね~ヽ(゚◇゚ )ノ



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プロフィール

昌子

Author:昌子
パニック障害と不安障害になって、
10年が過ぎました。
大量の薬、副作用、家庭環境、
精神的虐待、自虐的心理状態・・・
などと闘ってきました。


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