夢の欠片ーパニック障害な私ー

パニック障害と不安障害を抱え、 なんとか生きている私の日常。

2008-09

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サガ


人の、感情的に怒る姿を見て、

怒りよりも、哀しいと思ってしまうのは、

なぜだろう。

確かに、腹は立っている。

憤懣やるかたない。

不条理なものへの怒り。

それは、厳然として、存在しているが、

反射的に、逆襲することができない。

驚きの方が、大きい。

驚きと哀しさで、凍り付いてしまう。

だから、相手は、気の澄むまで、

悪口雑言を並べ立て、

まるで、私という人間が、

何も感じていないかのように、責め立てる。

その言葉の刃が、幾つも、何度も、

心に突き刺さり、見えない血が流れ出す。

気力を奪われ、言葉を見失い、立ち尽くし、

鬼のように見えるその表情を、

呆然と、見ていることしかできない。

ほとんど、ヒステリー状態と化した、

相手に対し、何を言えるのか・・・

何も、思いつかない。

例え、何か、反論したとしても、

向こうは、聞く耳も持たない。

それは、幼い頃から、何度も、

味わってきた、苦い経験から解っている。

唯一、解ってもらえる方法は、

ギリギリまで、押さえ込んだものに、

誰かが、トドメを刺そうとした瞬間、

私の怒りは、怒涛の如く、噴出する。

こんな状態で、生きていくくらいなら、

死んだほうがマシだと思った時だけである。

言いたいことの、すべてを吐き出した結果、

相手の逆鱗に触れ、殺されても、仕方がない・・・

と、思う時だけである。

周りの人間は、皆、それ程までに、

私を苛め、虐げる事に、徹していた。

穏やかに話そうが、怒りをあらわにしようが、

事態は、一向に改善されない。

幾度となく、その轍を踏んできた。

命がけでなければ、相手には届かない。

日常が、常に戦場だった。

人は、なぜ、人を傷つけるのか?

憤るまえに、哀しいと感じてしまうのは、

私のサガなのだろうか?




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妹 3


もう、妹の心配はしなくていい。

そう思ったら、せいせいした。

私の出来得る限りの事は、した。

彼女にとって、それが、どう映っていようとも、

そんな事は、どうでもいい。

私は、私なりに、愛してきた。

それが、ウザいなら、仕方ないし、

彼女の思い通りには、できない。

姉妹は、他人の始まり、

とは、使い古された言葉だが、言い得ている。

他人になりたいなどとは、思わないが、

それなりの距離は、置けるだろう。

お互いに、その方が、いいのかもしれない。

両親から押し付けられた使命は、

もう、終わりを告げたのだろうから・・・





感情


私は、物心ついてからというもの、

人の感情について、考え続けてきた。

なぜ、怒るのか?

なぜ、笑うのか?

なぜ、悲しいのか?

なぜ、楽しいのか?

なぜ、欺(あざむ)くのか?

なぜ、見下すのか?

なぜ、苛(いじ)めるのか?

なぜ、責めるのか?

なぜ、なぜ、なぜ・・・?

感情というものを、分析するのは難しい。

人により、時代により、相手により、

様々な状況によって、一様ではない。

私にとって、妹が、どういう存在なのか、

未だに、はっきりとは、解らない。

互いに、理解し合えるかどうかも、定かではない。

だが、愛しいとは思う。

幸せでいて欲しいと思う。

同じ母から、生まれ出てきた者は、

他には、いないから・・・


産むという事は、女の本能であろう。

より良き遺伝子を、継承せんがために、

より良き男性を、選ぶ。

そして、自分の体から、生まれてきた子を、

愛し、護り、より良く育てようとする。

それは、すでに、女としての自分に、

始めから、そなわっていたと思える。

産んでみて、初めて、その本能が目覚める。

なぜ、産んだのか?

産みたいから、産んだのだ。

理屈などはない。

私が、女であって、

産める状況にあったから・・・

ただ、それだけなのだ。




妹 2


私が、高卒で、就職した春、

妹が、小学校に入学した。

それまでに、両親は、妹を可愛がると、

異常に喜ぶということを、学習した私は、

次第に、可愛がるという行為を、

実践できるようになっていった。

それに伴って、感情のほうも、変化していた。

可愛いという思いが、育っていったのだった。

私は、収入を得るようになると、

妹の喜びそうな事に、費やすようになっていった。

貸本屋、アニメ映画、お菓子・・・

帽子など編んでやったり、勉強を教えたり・・・

また、母に代わって、参観日、懇談会、

高校の学用品購入の付き添いなど・・・

毎年、暮れからお正月にかけての家族旅行も、

宿の予約をし、年頃であるにもかかわらず、

参加し、父と二人で、運転手を務めた。

それも、妹のためであった。

親を喜ばすためでなく、妹の世話をすることが、

本当に楽しいと思っていた。

長じて、大人になると、いい話相手となってくれた。

妹の存在は、私にとって、大切なものとなっていった。

生まれてきてくれて、ありがとう・・・

お母さん、妹を産んでくれて、ありがとう・・・

心から、そう思っていた。


その妹と、最近、いさかいが起こった。

ことの詳細は、書けないが、

妹の言った一言が、心に刺さった。

それが、私の中を、駆け巡り続けている。


その後、立て続けに3~4回、ひどい発作を起こした。

かなり、発作が鳴りを潜め、安定していた矢先だった。

衝撃の大きさが、体に現れている。

久々に、とんぷく用の安定剤を、日に2度も飲んだ。

病状が、少し後退したことは、明らかだ。

こんな事で、やられてたまるか、と思う。

負けたくない、と思う。

頭では、そう思っていても、体は正直である。

思考を停止していまいたい。

ずっと、眠っていたい。


いずれ、決着は付くであろう。

それが、いつになるのか・・・

その時まで、傷を引きずってしまうのだろうか。

もっと強い精神力が欲しい。





妹が、生まれたのは、私が11歳の時だった。

無から有が生じるが如く、彼女は、突然、現れた。

いまでも、忘れはしない。

その小さな生き物と、初めて対面した時のことを・・・

なんとも表現し難い感情が、沸き起こってきた。

命の不思議・・・とでもいうものだったろうか?

正に、未知との遭遇だった。

私は、完全に戸惑っていた。

この妹という存在を、どう受け止めればよいものか・・・

全く、思いもつかなかったのだ。

私は、微妙な年頃であった。

大人でも、子供でもない。

狭間とも言うべき不安定な時期に、さしかかっていた。

内的にも、外的にも、自我を模索することに手一杯だった。

可愛いとか、愛しいとか、感じる余裕すらなかったと言える。

それ以上に、私を驚かせたものは、父親の豹変である。

後年、私に面と向かって言った言葉通り、

「年を取ってから生まれた子は、可愛い。」

・・・のであるらしかった。

その溺愛ぶりは、私を愕然とさせるに、十分すぎた。

私の父親と同一人物だとは、とても信じ難いものになっていた。

それまで、一人っ子だった私には、

可愛がるということが、どうすることなのかすら解らない。

それでも、忙しく働く母に代わって、

父、祖母と共に、妹の世話をすることになる。

長期の休みには、昼間は、妹のお守りを言いつけられた。

友達は、皆、一様に、「可愛い、可愛い」と、

順番に、抱いたり、あやしたりしてくれていたが、

私には、そんな感情は、全く湧いてこなかった。

逆に、次第に、疎ましく思うようになっていった。

ある日、そんな私に、父は業を煮やし、怒声を浴びせた。

「もっと、喜ぶかと思っていたのに、

なんで、可愛がってやれないんだ!」・・・と。

「妹を抱いて、外に出ていろ。」

家には、母も祖母もいたのに、

誰も、私を庇おうとはしなかった。

私は、夜の道を、妹を抱いて、歩いた。

国道まで出て、車の往来を眺めながら、立ち尽くしていた。

涙が、込み上げ、溢れ、止まらない。

父は、私よりも、妹の方が可愛いのだと、

いやという程、思い知らされた。

私という存在は、家族にとって、何なのか?

その日から、40年を経た今でも、

答えは、見つからないままである。







幸せな結末


いろいろと、回り道をしてしまったようだが、

結局、夫とは、冷静な話し合いをもって、

お互いの腹の底まで、窺い知ることができた。

という訳で、私は、ほとんど怯えることなく、

夫と対峙できるようになったのだ。

夫は、訳もなく不機嫌になることもなくなり、

あるがままの私でいられるようになった。

細かい愚痴も、面倒がらずに、聞いてくれる。

何よりも、家族の将来のことを、

真剣に考えてくれていることが、よく解った。

お互いに、やっと、素になれたのだ。

長い道のりだった。

いや、これからまた、始まるのだ。

夫と私の新しい人生が・・・




半分覚醒


夕方から、寝ていた。

寝覚めが、悪い。

動悸が激しい。

頭は、覚醒してない感じ・・・

あー、起きていると、考えてしまう。

余計な事ばかり・・・

だから、ヘッドフォンで、陽水を聴いている。

耳にフタをして、何にも、入れないように・・・

食欲もない。

けど、食べないと、余計、気分が悪くなるから、

無理にでも、口に押し込む。

また、寝よう・・・

もっと、長い時間、寝ていたい。

体中が、心までが、生まれ変わってしまえるくらい・・・



息子は、本当に頼りになる存在だ。

私の代わりに、店舗の片付けを、手伝ってくれている。

あまりにも、しんどいので、息子に頼んだのだ。

息子は、最近、家の中の片付けも、やってくれている。

おかげで、古い物、使わない物が、ほとんど処分できた。

なんと、まぁ、よくできた息子であろう・・・(じぃ~ん)

私は、幸せな母親である。


白金も黄金も珠も何せんに

まされる宝子にしかめやも

        (山の上のおくら)


ああ~、名歌なり!


腹を括る


昨日、友人宅へ出かけ、そこで、具合が悪くなってしまった。

私は、彼女の好意に甘えて、寝かせてもらった。

ところが、目が覚めてみると、午後8時半!!!

ガーーーーーン;;;

その時点で、自宅に電話を入れるべきだったのだが、

何だか、夫の声を聞くのが嫌で、できなかった。

取り合えず、友人に丁重にお礼を言って、帰路についた。

自宅の近くまで、来ると、トラックで出かける夫と、出くわした。

「何、してるんだ?」

私は、車の窓越しに、事情を告げた。

「夕食を買ってくる。」

と、夫は、走り去った。

自宅に着くや否や、私は、布団に潜り込んだ。

帰って来た時の夫の反応が怖い。

そのまま、寝てしまっていた。

午前0時。

まだ、眠い。

PCを、少し、いじって、また、眠った。

朝、起きても、まだ、しんどかった。

夫とは、会話もしていない。

昨日、買って来てくれた夕食を、半分食べて、

なんとか、ブログの更新を済ませ、また眠る。

午後4時。

体調は、かなり落ち着いてきた。

気持ちも、少し、平静を取り戻していた。

夫は、私の様子を、見に来ない。

気分を害しているに、違いない。

確かに、昨日は、私が、悪かったと思う。

けれど、私が何もしていなくても、

夫は、突然、機嫌が悪くなるのだから、

もう、手の打ちようもない。

私は、開き直った。

責めるなら、責めろ。

殴るなら、殴れ。

殺すなら、殺せ。

別れたいなら、拒まない。

有り金全部、渡してあるんだから、

そのお金で、夫は、生きていけばいい。

私は、ただ、この家を護るだけだ。




探求


一番 綺麗な空を 残すために

一番 綺麗な蒼を探す


一番 綺麗な海を残すために
一番 綺麗な藍を探す


一番 綺麗な風を留めるために
一番 深い谷を掘る


一番 綺麗な花を見つけるために
一番 険しい道を歩く


一番 綺麗な私を咲かせるために
一番 綺麗な魂を乞う

加害者


社会保険関係、年金関係、有限会社解散手続き、

などなど、やっと、面倒な用件を片付け、

少し、気分が軽くはなったものの、

まだ、長期戦で取り組むべき事が、残されていた。

母が、店舗を借りて、営んでいた洋裁店の片付けである。

夫は、まめに足を運んで、

この何もかもが、ごちゃまぜに散らかり抜いた、

物の山と格闘してくれていた。

母の呪縛から、やっと解き放たれた私は、

夫といっしょに、出かけて、片付ける事にした。

それにしても、凄まじい程の、物、物、物・・・

何の脈絡もなく、置かれた物たちは、

まるで、怪物のように、私たちの前に立ちはだかる。

母は、洋裁の技術には秀でていたが、

こと、家事一切は、苦手だった。

特に、片付ける事ができない。

いわゆる、片付けられない女のトップクラスである。

重要な物も、ゴミ同然の物も、分ける事ができない。

大きなダンボールの中に、預金通帳とともに、

何を書いてあるのかわからないメモ数枚だけが、

入っていたり、古びた鞄の中から、商品券が出てきたり、

まったく、取り留めのないこと、甚だしい。

この期に及んで、まだ、母の後始末をしなければならない。

腹立たしい事、この上ない。

「あーもー、腹が立つー!」

「だろ?

これを、一人でやってると、情けなくなるよ。

なんで、こんな事、やらなきゃならないのかって・・・」

「そうよね~

実の親でもないのに、こんな事・・・いやよね。」

私は、改めて、夫に済まないと、思った。

だが、2時間も、やっていると、具合が悪くなってきた。

立ち上がろうとして、ふわ~と、体がよろけた。

あ、立ちくらみ・・・?

足が、上手く動いてくれない。

「じゃあ、もう、帰ろう。」

夫の言葉に促されて、帰路に着いた。

どうやら、発作の一歩手前という感じだ。

安定剤を飲み、少しばかり買い物をして、帰宅した。

エアコンの風に当たり、落ちついてきたが、

手は震え、動悸は激しい。

そのまま、夕方まで、寝ていた。

起きても、まだ、気分が悪い。

母の念が、あの場所に留まり、私を脅かしているかのようだ。

布地や、道具類など、大まかな物は、かなり片付いたが、

細々した物が、片付けても、片付けても、一向になくならない。

こんな体調では、毎日続けて行くのも、無理だと感じる。

夫は、イライラしているようだ。

ここが、片付かなければ、再就職も儘ならない。

かといって、一気にやってしまえるものでもないし、

私も、申し訳なく思っている。

そこへもってきて、その苛立たしさを、

夫は、私にぶつけてくるのだ。

それこそが、病気の原因なのだ。

私のせいでもないものを、私に当たるのだ。

身震いする程の嫌悪感が、私を席巻する。

何度、こんな事を繰り返せば、

夫は、理解してくれるのだろう・・・?

私には、もう、踏ん張る力も失せている。

ただ、さめざめと、泣くことしかできない。




勲章


津波のように、甦って来る記憶。

そのどれをとっても、

身震いする程の恐怖を伴う。

今しか言えない。

今なら、聞いてくれる。

不安、驚愕、怒り、落胆、傷心、絶望・・・

抗(あらが)うことへの無力感・・・

立ちはだかる壁に向かって、

それでも、真剣に対峙してきた。

全力を振り絞り、訴え続けてきた。

それらは、悉く一蹴され、

もしくは、矛盾を突かれたことへの報復・・・

私は、気違い呼ばわりされ、

必死の嘆願は、非常識として、片付けられた。

何度となく、仕事場を、離れ、

車の中で、泣き叫んだものか・・・

それらのひとつひとつを、

夫は、覚えてなどいないだろう。

止めどなく溢れ出てやまない膿を、

すべて吐き出したかった。

堰を切って、降りかかる恨み辛みの膨大さに、

夫は、いささか、うんざりしてきたようだ。

あなたが、私に、してきたことに、

目を背けないで欲しい。

受け止め、その身を省みて欲しい。

夫だけが、悪いとは思っていない。

私にも、反省すべき点は、多々ある。

しかし、口汚く、罵った言葉の数々は、

人として在るべき姿ではない。

子供の養育に関しても、

その都度、私を責め、見下すばかりで、

自分は、何もしてくれなかったじゃないの。

非難するだけなら、誰でもできる。

私は、子供にだけは、見せたくなかった。

大人同士の醜い争いなど・・・

だから、夫や母の悪口も、愚痴も、苦悩も、

すべて呑み込んで、胸の奥に押し込んできた。

子供には、一切、悟られないよう務めてきた。

「今、子供たちに、何か不満がある?」

「いや・・・ない。」

「そう・・・私は、子供だけは、護りたかった。

そして、護り貫いた。

あの子たちは、私が育てた。

私にとって、唯一の誇りよ。」

「そうか・・・そうだな。

立派に育ててくれたんだな。」

そう・・・そうなのよ。

子供の為にだけ、耐えてきた。

私の子供時代のような、

辛い思いはさせたくなかった。

何にも勝る宝物であり、

私にとっての勲章だと思っている。



長編フラッシュバック


動悸は激しく、手は震え、頻尿まで起こしていた。

「自分のせいで、病気になったのか・・・悪かった。」

軽々しく謝って、「変わるから・・・」などと、言われても、

こっちは、それ程簡単に、収まるものではない。

苦々しい記憶の断片が、次から次へと溢れ出てくる。

長編フラッシュバック!

あんな時も、こんな時も、私は耐えてきたのだ。

相手の笑みさえも、せせら笑っているかのように見えた。

私を苛めて、楽しんでいたのだ。

そう思えて仕方がない。

頭の中は、様々な場面が、入れ替わり立ち代り、

投影され続けている。

「もう、解ってくれてるよ。」

妹は言う。

どこまで、解ってくれているんだろう?

ああ、もう、修羅場は、うんざりだ。

もう二度と、豹変しないという確信が欲しい。

こうして、離れていても、埒は明かないとは、

重々、承知の上だが、さりとて、戻るのも気が重い。

義弟の、「ゆっくりしていけばいいよ。」という言葉にも、

そうそう、甘えてもいられまい。

今夜は、友達の所へでも、転がり込むかなぁ~

・・・などと、重い体を横たえて、考えていたら、

携帯が鳴った。

夫だ。

「これから、迎えに行くから・・・」

え・・・?

「私、帰ったほうがいいの?

もう、怒ったりしない?

責めたりしない?」

「もう、しない。」

・・・・・

「すぐに、行くから・・・」

「・・・うん・・・」

迎えに来てくれるとは、思っていなかった。

複雑な気分で、夫の到着を待った。



本音


泣いても、泣いても、尽きない涙。

憎い、悔しい、哀しい・・・

我が身が、憐れでならない。


「どこか、出かけようか?

ドライブでも・・・気分転換に・・・」

夫は、いつもの優しさを取り戻していた。

「どうしたらいいのか、解らない・・・

何をすればいいのか、解らない・・・

何にも、考えられない・・・」

涙は止まらず、体はガタガタ、震えている。

「どこかへ行ってしまいたい・・・

消えてしまいたい・・・」

「少し、休もうか?」

ああ~~~

休む・・・?

どこで?

この家で・・・?

「立てるかい?」

夫は、私を抱え起こした。

「甘えたかった・・・

頼りたかった・・・

縋りたかった・・・

あなたに・・・

でも、できなかった・・・

できなかったのよ・・・」

「うんうん・・・解ったよ。」


私たちは、取り合えず、

リビングのソファーに座った。

「PCで、モラル・ハラスメントを検索して、

それがどういうものか、解って欲しい。」

夫は、素直に聞き入れてくれた。

今まで、如何に、屈辱に甘んじてきたか、

解ってもらわなければ、対等な話し合いもできない。

過去の事例を、いくつも、持ち出して、

心に突き刺さったままの、言葉の刃を、

ひとつずつ、抜いていった。

夫は、冷静になり、

「悪かった・・・」と、言ってくれた。

私は、もう、疲れ果て、精魂尽き果てて、

抜け殻のようにぐったりと、ソファーにもたれていた。


その時、携帯が鳴った。

出てみると、妹だった。

「用があるから、これから、そっちに行くけど、いる?」

おおっ!!!

渡りに船とは、正に、これだ。

「いるいる。

ついでに、今夜、そっちに泊めてくれない?」


とにかく、夫との間に、冷却期間が欲しかった。

かくして、私は、気まずい家を、後にした。



鮮烈な戦い


夫が、豹変した。

こと経済的な事柄に触れると、

瞬く間に、常軌を逸してしまう。

今まで、この事で、何度、

凍りつくような恐怖を、味わったかしれない。

預金残高が減っているという事が、

彼の人間性を180度、変えてしまう。

なぜ、減っているか、聞く耳を持たない。

「なんで、こんなに、減ってるんだ!

お前が、無駄遣いしたんだ!」

完全なる濡れ衣である。

娘の大学受験用の教材、

6年間の大学にかかった費用、

息子の私立高校の費用、

その他、愛犬の医療費、火災保険、

姑の老健施設入所による雑貨、衣料などの費用、

ボイラーの修理費、浄化槽の清掃費、

夫のビール代(発泡酒は、拒否する)、

日常の生活費以外の出費は、

では、どこから出せと言うのか?

私が、いったい、何を、自分のために、

買ったと言うのか?

ブランド物も、化粧品も、持たず、

美容院にさえ、行かなかった。

買う物といったら、1000円のティーシャツに、

2000円のジーパン・・・くらいのものであろう。

そんな時に、夫は、何万円かしらないが、

ゲーム機、ソフト、ステレオ、高価な本などを買い、

突然、旅行に行こうと、言い出す。

何の相談も、事前にありはしない。

自分が、働いた金だと言う。

私には、自由になるお金などなかった。

お金を使う権利など、妻にはないらしい。

夫は、私に責任転嫁をする。

詰る、責める、追い詰める。

そこには、見知らぬ男が、立ちはだかっている。

とても、同じ人とは、思えない。

私は、体中の力を失い、

床に突っ伏して、泣いた。

「そんなに、信じられない妻など、要らないでしょう?

何の役にも立たず、医療費ばかりかかって、

そんなに、憎い妻など、要らないでしょう?

夫に、そんな風に思われてまで、生きてなどいたくない。

私の存在価値など、ないも同じでしょう?

もう、生きていく意味すらない。

さあ、今すぐ、私を殺しなさいよ。

そこの包丁で、刺せばいい。

殺さないなら、この家を出ていくから、

息子と二人で、やっていけばいい。」

私は、血を吐くほど、叫び、

体が壊れるほど、泣き喚いた。


そして、やっと、夫は、平静を取り戻した。







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プロフィール

昌子

Author:昌子
パニック障害と不安障害になって、
10年が過ぎました。
大量の薬、副作用、家庭環境、
精神的虐待、自虐的心理状態・・・
などと闘ってきました。


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