夢の欠片ーパニック障害な私ー

パニック障害と不安障害を抱え、 なんとか生きている私の日常。

2008-08

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過去からの脱却


過去から、脱却せよ。

夫は、言う。

振り向かず、前を向けと・・・

そう・・・

解りすぎる程、解る言葉。

もう、誰も、私を傷つけない。

それは、明らかな事実。

それなのに、私は、まだ苦しんでいる。

細切れにされた、感情の破片が、体中を巡る。

見慣れた物の中に、記憶の断片が潜む。

未来のために為すべき事に、取り組めない。

抜け殻になった念が、纏わりついている。

再び、暗闇に引きずり込もうとする。


頭では、解っている。

毎日毎晩、言い聞かせる。

もう、大丈夫・・・と。

思考回路は、納得しても、

自立神経は、暴走する。

発作・・・悪夢・・・

怯え続けた50年は、長い。


宇宙空間に横たわり、

夢を見ない眠りを、貪りたい。

この自由を、体で感じられるまで・・・



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海月(くらげ)状態


私は、かなり無気力状態である。

ブログの更新だけが、唯一、出来る事。

あんなに、大切にしていた鉢植えも、

ほとんど、枯らしてしまったし、

愛犬ペレ君と、戯れることさえ、今はできない。

ペレ君は、もう、私のこと、嫌いになっただろうな。

かつて、すごく辛い状況(しょっちゅうだが)で、

逃げ場もなく、夜、庭に出て、犬小屋の側の石に、

腰掛けていると、近づいて来て、寄り添うように、

いっしょに、座っていてくれたペレ君・・・

ごめんね。

私のエネルギーは、とっくの昔に、底をついて、

ただ、加速度に背中を押されていただけだった。

今・・・やっと、安心していられる環境を得て、

無理やり、心身を、動かしていた糸が、切れた。

重圧のなくなった空間に、呆然と、

まるで、海月(くらげ)のように、浮かんでいる。

思考も、行動も、すべてが停止している。

その上、やたらに、眠くなる。

疲労感は、感じられるようになったが、

その大きさまでは、測れない。

休んでも、休んでも、一向に減る様子もない。

片付けなければならない事が、

いろいろ溜まっている。

夫に急かされなければ、何もできない。

何かを考える事そのものが、苦痛なのだ。

どうしようもない。

ただ、夫のお陰で、摂食障害は、好転した。

普通の食事を、美味しいと、感じられる。

それだけでも、有難い。

取り合えず、

菓子パン生活から脱却できたのだから・・・

今のところは、これでよしとするしかない。




近況

私たちは、今、生まれ落ちた時から、

大切に守り続けてきた、穢れなき魂のままに、

向かい合い、見つめ合っている。

否定する事もなく、警戒する事もない。

穏やかな関係を、手にすることができた。

今更ながら、夫には、長く辛い日々を、

よくも、耐えてくれたものだと、

感謝の念を禁じ得ない。

共依存であった私たち母娘の間には、

父や妹さえも、立ち入り得る隙間は、

針の穴程も、存在しなかった。

ましてや、他家から、婿入りしてくれた夫に、

その実態など、皆目、掴める筈もなかっただろう。

私が、ほとんど、母に盲従させられている事。

逆らえば、狂気のようなヒステリー状態を、引き起こし、

非情なまでの攻撃を浴びせかけられている事。

その思考回路が、どれ程、均衡を崩しているか、

どんなに冷静に説明しても、

いや、理解してもらおうとすればする程、

母の狂気は、加熱し、飽和し、爆裂するのだった。

私は、終身刑の確定した囚人のように、

母の作った強固な独房の中から、

一歩たりとも、出ることは、叶わなかった。

私自身の思惑で、行動できる日が来るなどという、

幻想は、とっくの昔に捨ててはいたが、

夫に対して、本音で話せない事程、

苦しく、哀しい事は、なかった。

今、母は、そんな経緯など、何一つ、覚えていない。

介護施設のスタッフの方々は、母の事以上に、

私の病状を、気遣ってくれる。

月に二晩程、帰宅すれば、

施設の規則に違反しないので、

ショートスティ、ならぬ、ロングスティを、

させてもらっている。

今の私の心情を、理解できる人が、

どれ程、いるだろうか?

恩赦によって、思いもよらず、

いきなり、無罪放免された囚人は、

最早、囚人ではなく、一般人となった。

重い鉄の扉が開き、私は解放された。

予想もつかない程の自由に、戸惑う。

夫にだけは、理解してもらいたい。

理解できなくとも、伝えるだけは、伝えたい。

私は、ぽつぽつと、小出しにではあるが、

いままでの私の心境を、口に出している。

夫は、それを、受け止めてくれている。

このまま、幸せな日々を、送り、

いつか、母を赦し、理解し、感謝することが、

できれば・・・と、願う今日この頃である。



太平洋戦争へ (1940-1941)

テーマ:パニック障害(PD) - ジャンル:心と身体

伯母の存在


最近では、母のことを、考えないですむ時間が、
ずいぶん、増えてきた。
母に対する恨みも、薄れている。

母も、私という娘の存在を、記憶から、

抹殺しようとしてるようだ。
「私には、娘はいない。」などと、

スタッフの方に、言っているらしい。
正気の間、結局、私を受け入れることもできず、
歩み寄ることもできなかった母・・・
母には、母の、そうなるべき道程が、あったのだろう。
今は、伯母(父の姉)が、私のすべてを理解してくれ、
私も、伯母の気持ちが、手に取るように、解るので、
お互いに、救われている。
私の求めていた母そのもの。
伯母も、昌子ちゃんにしか、言えないと、
なんでも、話してくれる。

親(私の祖母)の都合で、養女に出され、
満州にいた養父母のもとで暮らしていたが、

戦争勃発後、ソ連軍に追われ、男装して、

命からがら、帰国したという。

その後、結婚するも、夫は、事業に失敗し、

多額の借金が残ったにもかかわらず、

愛人をつくり、別居。

伯母は、たった一人で、姑を看取り、

子供もできぬまま、離婚。
その後、ずっと、独身を通し、働きながら、

養父母を看取り、今は、一人暮らしをしている。

辛酸を嘗め尽くしてきた伯母の人生は、

私より、何倍も、苦しかったに違いない。

そんな運命に、翻弄されながらも、

歪むことなく、純粋な心を持ち続けている。

私たちは、しょっちゅう、長電話をして、
お互いに、癒し合っている。
本当の母子のように、いや、それ以上に、
魂で、繋がっていると、実感できるのだから、

こんなに、有難いことはない。

正に、捨てる神あれば、拾う神あり。

おかげで、私の心は、安定を得、

自分を、肯定することが、できるようになった。

私は、間違っていなかった・・・と。

そして、何よりも、うれしいことは、

夫が、伯母の家に、連れて行ってくれた時、

伯母が、私を、抱き締めてくれた事である。

私たちは、ぼろぼろ、涙をこぼしながら、

しばらく、抱き合ったままだった。



*参照 → 「ソ連対日参戦」



エレカシのライブに行った!?


珍しいことに、娘からメールが来た。

ふむふむ・・・なんですとっ!!!

「エレカシのライブに、行って来たよ~

”翳りゆく部屋”も、歌ってた。

めちゃ、よかったよ!!!」

えーーーーーーーーーーーーーーっ!!!

いーな、いーな・・・(´□`。)

私も、すんごい、行きたい~

パニック、治さなきゃ、どっこも行けないし・・・

ううう・・・(ノ_-。)


治らない、治りたい、治る、治れば、治ろう・・・

治ろうぜ! 

イェイ!!!

うれしいーーーっす!!!

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もらっちゃったーーー!!!


あぁ~~、プレゼントって、うれしいなぁ~~


ふうきさん、さんきゅ、べり、まっちょ о(ж>▽<)y ☆

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プロフィール

昌子

Author:昌子
パニック障害と不安障害になって、
10年が過ぎました。
大量の薬、副作用、家庭環境、
精神的虐待、自虐的心理状態・・・
などと闘ってきました。


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