夢の欠片ーパニック障害な私ー

パニック障害と不安障害を抱え、 なんとか生きている私の日常。

2008-07

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私史心象が、な、な、なんと!!!

詩・小説部門、1位となりましたぁ~

(330人中ですが;;;)

これも、ひとえに、皆様のおがげと、

深く感謝致しております。

今後、いっそうの応援を、

よろしくお願い致します。

Hotel California ~Eagles~


今日は、S井さんのブログへ、リンク~~~

    ↓

ちょっと  イーグルス ε=ε=ε= ヾ(*~▽~)ノ

自分の姿


テレビを点けて、夫と二人、夕食を食べていた。

私は、テレビ番組に、入り込めなくて、

ただ、音だけを、聞き流していた。

「自分の子供を可愛くないなんて、

思って育てる親は、いませんよ。」

突然、耳に突き刺さった言葉。

ドキュメントらしい、父親らしき人が、

そう言って、笑った。

「いるのよ!

可愛くないって、言う親が!」

反射的に、口を突いて出た。

「私は、いつも、言われてた。

”あんたは、ほんとに、不細工ねぇ”って・・・

”ろくすっぽ、役にもたたないし、どうしようもない子”って・・・」

「可愛いよ。

小さい頃の写真も、可愛いのに・・・」

夫の言葉に、驚いた。

「普通より、不細工な人は、可哀想だと思うよ。

まぁ、君には、そんな心配ないけどね。」

可愛い・・・

可愛いって、思ってくれていたんだ、夫は。

その言葉が、何度も、心の中で、響いた。

また一つ、私のトラウマを、

夫は、いとも、容易く、消し去ってくれた。

母の暗示に、かけられていたんだ。

私、自信、持っていいんだ。

自分で、持っていた、自分のイメージが、

一瞬にして、大きく変化した。

夫の笑顔が、そんな私を、やさしく包んでくれた。


一時帰宅


母が、帰って来た。

昨夜と今夜、自宅で過ごす。

預けっ放しにはできない規則なのだ。

月に、1回以上、帰宅する日を、設けなければならない。

夕食は、施設で済ませ、7時頃、家に送って来てくれる。

玄関に立っている母に、台所から、「お帰り」と言った。

母は、二階の自室に、上がって行った。

母の顔さえ、まともには、見なかった。


今朝の食事は、夫に頼んだ。

夫は、快く、引き受けてくれた。

朝、7時頃、庭を歩いている母の気配。

鼻歌を歌っている。

私は、ヘッドフォンで、耳を覆い、

YUKIちゃんの曲を、鳴らし続けた。

お迎えの車が、来て、母が、出かけるまで、

私は、部屋に籠もっていた。

夫が、玄関で、見送ってくれた。


母が、家にいるという現実が、私を脅かす。

母には、苛めたという認識などない。

それは、認知症になる以前からだ。

ヒステリー状態にある時、

アルコールを摂取し過ぎた時、

(一時期、アルコール依存気味だった)

大抵、その間の言動など、

翌朝には、もう記憶の中に、全く残っていない。

私は、一体、どうやって、そんな窮状から、

逃げ出せばよかったのだろう?

否、逃げ出す気は、なかった。

ただただ、母に、私という人格を、

受け入れて欲しいと、切望し続けていた。

そして、何度も、訴えかけた。

が、それらは、悉く徒労に終わった。

何故、実の母に、解ってもらえないのか?

私には、理解できなかった。

「産まなければ、よかった。」

という一言で、私は、全否定された。

四十数年も経って、言う言葉にしては、

あまりにも、情けない。

普通の母親の愛情が欲しかっただけなのに、

そのために、自分自身の半生を、

すべて、母のために、費やしたと言っても、

過言ではない。

絶望という観念が、その時、初めて、

私の中に、湧き上がった。

次に、諦め・・・

今は、心の中から、母という存在を、

消去しようとしている。

自分を護るためには、もう、それしか、

手段は、残されていないのだから・・・


正常な生活


洗濯をしてみた。

洗濯カゴは、畳んでない服で、

どれもこれも、満杯だ。

なんとか、一つ空けて、

洗濯機から、まず、タオル類を入れ、

一休み・・・

それを、ゆっくりと、干し終え、

次に、衣類をいれ、

一休み・・・

それを、また、干し、

一休み・・・

ああ、洗濯、できたなぁ~

今日は・・・最後まで・・・

その後は、何もできない。

私は、かなり、重症だったという事に、

気がついた。

精神力も、体力も、底をついていた。

そんな私を、夫は、辛抱強く、

見守ってくれている。

一番、解って欲しかった人に、

理解してもらえた事で、

私は、実に、軽くなった。

今まで、聞いて貰いたかった事を、

少しずつ、話せる。

それを、彼は、全肯定してくれる。

自分は、間違っていなかったと、

確認できる。

これ程、満たされた気持ちに、

なれたことは、初めてである。

生まれてこの方、本当に初めて、

私は、認められ、護られている。

現状こそが、正常な人の生活と、

言えるだろう。

心さえ満たされれば、

他に、何の欲望もない。

穏やかな空気が、私を包み、

そして、癒されていく。






小さな歩み

母は、私がいなくても、

大丈夫みたいだ。

今まで、母のことは、

何もかも、私がやってきた。

私が、いなくなったら、この人は、

生きていけないんじゃないか、

とさえ、思っていた。

しかし、人というものは、

生きるべく、創られている。

母は、自分の居場所を、

見つけたのだろう。

未知の空間で・・・

過去のすべてを、忘れて、

本来の自分に、戻れたのだろう。

母も、また、解放されたのだ。

諸々のしがらみや、

日々の大小の悩み、

将来への不安・・・

母の人生も、また、

苦労の連続であった。

私に、縋り付いてきた、

その気持ちも、解らなくはない。

私は、捨石に徹する他、

手立てがなかった。

だが、それらのすべては、

もう、過去のものである。


昨日、悪夢を見た。

母が、突然帰って来る夢。

私は、もがき苦しみ、

やっとの思いで、目覚めた。

寝汗をかき、眩暈を起こし、

よろめきながら、起き上がった。

ちょうど、台所に居た夫に、

「夢見がわるかった~

お母さんが出てきたよ・・・」

と、愚痴った。

「ああ・・・お母さんが・・・?

うんうん・・・」

口に出せた。

聞いてくれた。

それだけで、救われた。

こうやって、少しずつ、

私は、楽になっていける。

この家族が、いてくれるなら・・・





台所の空気


ついに、気温30度を超え、

私の我慢も、限界にきた。

エアコンのない引き篭もり部屋から、

台所へと、パソコンを移動。

いままで、公共の場所には、

落ち着いて居られなかったのだが、

いざ、座ってみると、

なんとか、過ごせそうな気がする。

もう、何日も、母の顔をみていない。

このまま、出来る限り、あちらで、

泊まらせてくれるという有難い配慮。

その上、病院への月1回の診察にも、

連れて行ってもらっている。

母の姿を、見ないでいられる事が、

私から、恐怖を遠ざけていく。

台所に、もう母はいない。

いきなり怒鳴られたり、

ぐちぐち小言を言われたり、

挙句に、「ちょっと、おいで!」などと、

すでに鬼の形相となった母に、

部屋へ連れて行かれ、

延々と、説教を聞かされることも、

もう・・・ないのだ。

そう、頭では、解っていたが、

今、初めて、感覚として、

それを、感じることができた。

ああ、ここの空気、軽くなったな・・・

私は、もう、自分の思うように、

生きられるんだな・・・

なんだか、体重までが、

軽くなったような気がする。

(気がするだけ!!!)

やっと、呪縛が解けていく。

私が、私として、生きることを、

許された瞬間である。



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プロフィール

昌子

Author:昌子
パニック障害と不安障害になって、
10年が過ぎました。
大量の薬、副作用、家庭環境、
精神的虐待、自虐的心理状態・・・
などと闘ってきました。


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